ダメージ・コントロール
投開票日の11月5日まで、約4カ月になった。バイデン大統領は、今回のテレビ討論会における劣勢を、どのようにしてばん回していくのだろうか。
討論終了後直後から、バイデン大統領を支えるジル夫人、カマラ・ハリス副大統領およびバラク・オバマ元大統領、クリス・クーンズ上院議員(民主党・東部デラウェア州)等による「ダメージ・コントロール」が始まった。
ジル夫人はテレビ討論会が開催された翌28日、バイデン大統領と激戦州ノースカロライナ州での集会に登場し、「ジョー(バイデン)は真実を語った。トランプは嘘を積み重ねた」と激しい口調で語った。トランプ前大統領の討論は、「嘘のオンパレード」であったと言いたい。
ハリス副大統領はテレビ討論会の終了直後に、米CNNのインタビューに応じ、「討論の中身は、バイデン大統領の方が良かった」と語り、「トランプは民主主義を破壊する」と述べた。その上で、「トランプは、全国一律に人工妊娠中絶を禁止する連邦法に署名する」と、バイデン氏よりも明確に視聴者に伝えた。
また、ハリス副大統領は支持者にメールを送り、「トランプは討論会で、米連邦議会議事堂襲撃事件を否定しなかった」と指摘した。さらに、討論会後の演説の中で、「この選挙は6月の一夜で決まるものではない」と語り、バイデン大統領の失敗を小さく見せようとした。
オバマ元大統領はX(旧ツイッター)に投稿し、「今夜は悪い夜だった」とバイデン大統領のパフォーマンスの低さを認めながらも、「不変の部分」を強調した。今回の大統領選挙は「自分のすべての人生を庶民のために奉げて戦っている人と、自分のことしか考えていない人との戦い」であると言うのだ。もちろん、前者はバイデン大統領、後者はトランプ前大統領である。
加えて、オバマ元大統領は同じXの投稿で、「真実を語る人と語らない人」の戦いでもあり、後者は「自分の利益のために嘘をつく人」でもあるとして、トランプ前大統領を批判した。
バイデン大統領と近い関係のクリス・クーンズ上院議員(民主党・東部デラウェア州)は、週末の米ABCニュースとの政治番組のインタビューの中で、バイデン氏撤退を要求した米有力紙ニューヨーク・タイムズについて、同紙の論説委員会は「間違っている」と指摘した。その上で、激戦州ペンシルベニア州のフィラデルフィア・インクワイアラー紙は、バイデン大統領に撤退を求めていないと強調した。
バイデン-ハリス陣営も早速、テレビ討論会でトランプ大統領が嘘をついている場面を取り上げた1分間の政治広告を打った。
上記のバイデン大統領を支持する発言や陣営の政治広告は、バイデン大統領の討論会での失敗を小さくみせるないし討論会でのバイデン氏の低調なパフォーマンスからトランプ氏の発言内容に目を向けさせるというダメージ・コントロールを行ったものである。
バイデンはどのように立て直すのか?
では、今後バイデン大統領はどのようにして立て直すのだろうか。
第1に、「トランプ=重罪犯」のメッセージを強化することが不可欠である。今まで、バイデン大統領は選挙と裁判は別物として扱ってきた。その意味では、裁判を「魔女狩り」や「政治的迫害」と訴えてきたトランプ前大統領と好対照である。
テレビ討論会の10日前(6月17日)からバイデン―ハリス陣営は、新しいテレビ広告を流し、その中でトランプ前大統領を「重罪犯」と呼んだ。しかし、90分の討論会でバイデン大統領は、トランプ氏を重罪犯と呼んだのは、わずか1回であった。
7月11日にトランプ前大統領の量刑が下される予定になっていたが、9月18日に延期された。これは、トランプ前大統領に追い風になるという見方もあるが、仮にその時点で禁固刑が出れば、ダメージになることは言うまでもない。
第2に、バイデン大統領は討論会でトランプ前大統領を反民主主義者に描き出そうとしたが、十分ではなかった。
そこで、バイデン氏は自身を「民主主義のリーダー」、トランプ前大統領を「権威主義的リーダー」ないし「独裁的リーダー」に明確に描く必要がある。その際、人工妊娠中絶問題を取り上げ、トランプ氏は女性の「自由の権利」や「選択の権利」を与えていないと議論することが肝要だ。これに関しては、前回の「トランプと『強いリーダー』の落とし穴」を参照して頂きたい。
第3に、次の大統領は米連邦最高裁判事を2人ないし2人以上任命する可能性があると訴えることが欠かせない。
現在、米連邦最高裁判事は保守派6人、リベラル派3人から構成されている。バイデン大統領が再選すれば、リベラル派5人、保守派4人に変わる。そうなれば、人工妊娠中絶の権利擁護を復活させることができる訳だ。この第3の対策は、リベラル派のみならず、無党派層の女性にもアピールできる。
もう1点を加えると、それは人事である。バイデン大統領は、選対幹部を入れ替えることはしないだろう。トランプ前大統領とは異なり、バイデン大統領は閣僚や側近、選挙スタッフを解任しない傾向が強い。
バイデン-ハリス選対の会長を務めるのは、2020年米大統領選挙でトランプ前大統領を破ったときの選対本部長であったジェニファー・オマリー・ディロン氏である。選対本部長は、メキシコ系のジェリー・チャベス・ロドリゲス氏、副本部長は黒人のクエンティン・ファルクス氏である。今後も同体制で臨むと考えられる。