2024年10月7日(月)

未来を拓く貧困対策

2024年7月9日

再発防止は簡単ではない

 「保護司の身に危険が及ぶ事態は避けなければならない」と、長谷川さんと宮澤さんの意見は共通している。これに異論を挟む人はいないだろう。しかし、決定打といえる再発防止策があるかといえば、「簡単なことではない」と口を揃える。

 宮澤さんは、社会福祉士という福祉専門職の立場から対象者理解の重要性を指摘する。

 「報道によれば、対象者は保護観察や保護司への不満などをSNSで発信していたとのことです。対象者が事件を犯したと仮定するならば、保護観察官はこうしたシグナルを敏感に受け止めていたのか。

 保護観察所が、SNSに撒かれた『保護観察に対する本音』を対象者から丁寧に聴き取り、事前に把握できていれば、あるいは、保護司と対象者を2人のみで夕方以降に面接するのは望ましくない、といった判断もありえたかもしれない」

 また、宮澤さんは、対象者によるSNS等の発信を通じた「保護観察に対する、本音の吐露」に丁寧に向き合うには、現在の保護観察官の人員数で全く足りておらず、保護司のなり手不足よりもむしろ「保護観察官の人員増と専門性のさらなる向上」に大きく舵を切るべき、と言い切る。

 一方、長谷川さんは、リスク管理ばかり先行する現在の議論に懸念を表明する。

「法務省も対策に向けて、保護司に対するヒアリングをはじめている。調査結果を受けて対策を打ち出すとしているが、『リスク管理が最優先』とする姿勢には疑問がある。

 なぜ、保護司という制度ができたのか、保護司は何を大切にして活動してきたのか。こうした点を社会が理解せずに、表面上の議論だけでリスク管理が叫ばれている。

 まずは対象者が抱える困難を理解すること。それをせずに、保護司の安全ばかり考えれば『事なかれ主義』に陥ってしまう。対象者を1人の人間としてとらえ、彼らに何ができるかという視点から議論を深めてほしい」

遺志を継ぐために何ができるか

 2019年には、児童養護施設の施設長が、かつて施設で育った20代の男性に首や胸など十数カ所を刺され、搬送先の病院で間もなく息を引き取った。22年には、訪問診療をしていた医師が、訪問先の患者に散弾銃で撃たれて亡くなった。

 誰よりも熱心に狭間に落ちた人たちを支えようとした人たちが、被害者となる。その理不尽に憤り、加害者を許せないと感じる。それ自体は、人間として極めてまっとうな感情だと思う。

 しかし、「二度とこのような不幸な事件を起こさせない」と声高に叫び、わかりやすいその場限りの対策を打ち出すことが、被害者の遺志に添うものなのだろうか。「リスクをゼロにする」という発想は、ときに排除を生む。

 支援者が大切にしてきた「この人のために何かできないか」という気持ちを置き去りにした対策は、より息苦しい社会をつくる結果しか生まない。

 宮澤さんは、インタビューの締めくくりに、こんな話をしてくれた。

 「40年近く前の更生保護観察協会発行の広報誌に、夫が保護司となった女性たちによる座談会記事が掲載されていた。そこには、夫が保護司になったときの戸惑い、自宅で面接をするときの緊張、対象者との距離感などのさまざまな想いが率直に語られていた。簡単に解決することはできない不安。

 『それでも』と大切な想いをありのまま掲載し広く社会に手から手へと届けていたあの時代。当時の法務省や保護観察所の視野の広さと想いの深さが、今まさに保護司である私にも届いている。その何かに、もしかしたらヒントがあるかもしれない」

 筆者も同感である。

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