その他の緑内障の危険因子としては、高齢、緑内障の家族歴、2型糖尿病、低血圧、甲状腺機能低下症、閉塞性睡眠時無呼吸、ステロイドの使用、心血管疾患などが知られている。眼自体の危険因子には、中心角膜の薄さや近視などがある。
緑内障マネジメントの難しさ
原発開放隅角緑内障は通常、数10年かけて正常な視力から失明へとゆっくりと進行する。日本では、先天性でない失明の原因疾患の第1位が緑内障である。ただし個人差が大きく、緑内障患者の大半は失明しない。
緑内障のマネジメントの難しさは、症状の現れがゆっくりであることだ。初期段階では自覚症状が現れないのが一般的で、患者の多くは病期がかなり進行するまで緑内障があることに気づかない。
時間の経過とともに網膜神経線維層の機能が低下して視野欠損が生ずるが、ほとんどの場合周辺部から始まり、進行するにつれて中心に向かっていく。そのため中心視力はかなり後期になるまで保たれていることが多い(視力検査でも異常を検出しにくい)。
その他の検査も、緑内障の初期段階では正常なことが多い。網膜を診ても視神経乳頭は正常と緑内障とで外観が似ているし、眼圧は1日の中でも変動があり正常眼圧の患者もいる。
こうした早期診断とマネジメントが長期にわたるという困難があるため、家庭医の役割は、Y.M.さんの場合のように、まず患者の病歴に緑内障の危険因子があれば眼科医にスクリーニングを依頼し、緑内障やその疑いがあれば、長期にわたって継続してフォローアップをしてもらえるように調整することである。その間家庭医は、患者の生活習慣の改善などその他の問題のマネジメントを併行して行いつつ、患者が緑内障の治療を継続できるように支援する。点眼薬の使用や眼科医への定期受診状況の確認も重要である。
労働者の健康をどうやって守るか
今回のNHKニュースでは、「検診で異常を指摘された後、さらに詳しい検査を受けた人は、2022年度まででは4割以下、2023年度では2割にとどまっていた」とも報道されていた。特に対象が職業ドライバーであるので、この結果は悩ましい。どうやってフォローアップを改善できるだろうか。
日本では「常時50人以上の労働者を使用する事業場においては、事業者は、産業医を選任し、労働者の健康管理等を行わせなければならない」ことになっている。しかし、全国ハイヤー・タクシー連合会のウェブサイトによれば、事業規模・車両数規模別の統計で、車両10両までの事業場が1万4319社中9445社(66.0%)、30両までの事業場が1万2093社(84.5%)である。ほとんどの事業場で産業医が選任されていないものと思われる。
産業医がいても、Y.M.さんの知り合いが経験したように、緑内障のゆっくりした進行についての理解が乏しく、すぐに失明や自動車運転に危険な視野欠損と結びつけて解雇を雇用主へアドバイスするという話も聞く。
労働者の健康管理を行う産業医の役割や教育を再考する必要もありそうだ。緑内障の場合、家庭医が眼科医と産業医と連携して症状の進行を継続してフォローアップしていけば、患者の緑内障のマネジメントを保証し、自動車運転の継続も含めて適切な業務をしてもらうことが可能である。
その日のY.M.さんとの診療は、禅問答のような会話で終わった。
「でも緑内障って変な名前ですね。地中海の色からついたって言うじゃないですか」
「コス島にいた古代ギリシャの医師ヒポクラテスが言ったそうなので、地中海の中でもエーゲ海を見ていたのでしょうね」
「『美しすぎると 怖くなる』のどこが緑内障なんでしょう?」
「あ、ジュディ・オングの『魅せられて』ですね。『若さによく似た 真昼の蜃気楼』、緑内障にはまだ謎が多いってことですよ」
「ははは、先生、今度までに調べておいて下さいね(笑)」