今回の件では、住民からの要望などにより、外部性の影響が企業に認知されたことで、マンション解体という決定に至ったわけであるが、多くの場合、外部性の影響は当事者によっては解消されず、そうした場合、行政による介入が必要になる。
景観法による規制
こうした景観の価値保全と外部性を解消する必要性から、行政も良好な景観の形成を促進するため景観法を制定している。景観法は、それ自体が都市景観を規制しているのではなく、景観行政団体として定められた地方自治体が景観に関する計画や条例を作る法制度となっており、都市緑地法、屋外広告物法とともに景観緑(みどり)三法と呼ばれている(景観行政ネット)。
例えば、神奈川県鎌倉市では、景観条例を定めて景観計画を策定し、鎌倉駅および北鎌倉駅周辺を中心とした市街地を対象に景観地区を指定している。そこでは、建築物の高さの最高限度と屋根および外壁の色彩等の制限を定めている。また、その中の一部の地域で建築物の建築などを行う場合、上記の制限を満たしているかの認定申請を行う前に事前協議も必要とされている。
高級住宅地として知られている兵庫県芦屋市においても、景観条例を定めて景観計画を策定し、建築物や工作物へのさまざまな規制を課している。それだけでなく、屋外広告物条例を定めて、市独自の屋外広告物の規制誘導による景観形成を目指している。そこでは、屋外広告に対して、蛍光塗料やきつい色の組み合わせ、屋上利用、回転灯、アドバルーンなどは禁止され、広告に用いる文字の大きさにも規制がかけられている。
同じ「木々が見える」でも地域によって異なる評価
このように、景観が重要であることとその行政による規制の必要性は一般に合意されていると考えてよさそうである。しかし、どういった景観が好ましいのかについて多くの人の間で合意するのは簡単ではない。
文化や社会的背景、人によって好ましい景観が大きく異なるためである。こうした違いは漠然とではなく、定量的な実証研究によっても指摘されている。
居住環境への人々の評価は、それが住宅価格や地価に及ぼす影響を推し量る研究により多く分析されてきた。伝統的には、規制の影響など宅地そのものの特徴、住宅そのものの特徴に加えて、近隣に公園があるか、最寄りの駅までどのくらい近いか、都心に近いか、といったことなどが地価や住宅価格に影響を及ぼす主要因として考えられてきた。その中で、景観の影響も検討されている。
近隣の建物の高さなど、一般に眺めがよくなりそうな環境かどうか、といったことだけでなく、実際にその立地からどのようなものが見えるかを詳細な地理情報システムデータから把握し、何が見えるかで地価や住宅価格が変化するかを検証した研究も行われている。こうした研究の分析結果は多様で、分析対象の土地や時期により得られた結果が相反することもある。
例えば、フランスの農業・田園地区のための経済学・社会学研究所のカベイレス教授らはディジョン市郊外のデータを用いて、見える景色により住宅価格がどう影響されるかを検証した。その結果、家の近くに木々や農地が見えることは住宅価格を上昇させるが、道路が見えることは住宅価格を下落させることがわかった。こうした効果は家から見えるかどうかが重要で、近隣ではあるが見えない場合は住宅価格に影響せず、また、見えたとしても、遠くに見えるだけでは影響しないことも判明した。
一方で、アメリカの未来資源研究所のウォールズ教授らはセントルイス郡のデータを用いて、景観が住宅価格に及ぼす影響を検証し、異なる結果を得た。その研究では、森林が見えることは住宅価格を引き下げ、農地が見えることは住宅価格を引き上げるという結果が示されている。