テイラー・スウィフトを〝利用〟するトランプ陣営
そもそもトランプ支持者たちが「タンポン・ティム」をネガティブなものと考えるのは、トランスジェンダーやノンバイナリーなど既成の枠組みに入らない多様な存在を認めたくないという考えがある。加えて、男性が生理といったものに関わるなど女々しいというメイルショーヴィニスト(男性優位主義)的な考えが根底にあるからである。
そのような男性優位的な考えが根底にあるトランプ陣営ではあるが、ハリス陣営の勢いを受けて女性の助けも必要なようである。最近トランプは、国民的人気シンガーソングライターのテイラー・スウィフトをAIで加工したいくつかの図像をSNSに発信した。
その図像の中には、かつて米国政府が愛国心に訴えて志願兵を求める時に作成した「あなたが必要だ」という有名なポスターを、テイラーに模して加工したものもある。それはさも、テイラーがトランプへの支持を愛国心のある国民に訴えているかのようである。
テイラー・スウィフトは元来民主党支持で、20年の大統領選挙ではバイデン支持を表明したこともある。その影響力は大きく、テイラーがSNSなどで選挙登録を呼びかけるたびに選挙登録者が急増する。そして、そのほとんどが民主党に投票すると推定されている。
選挙に投票するには事前の選挙登録が必要な米国で、それまで登録していなかった層を動かす彼女の力は非常に大きい。しかしその影響力の大きさゆえに、テイラーが脅迫の対象となることもあり、彼女の身の安全を心配する家族からは大統領選挙について政治的な発言をすることを止められている。
現時点でテイラーは今回の選挙について旗幟を鮮明にしていないので、トランプに無許可で自分の合成画像を発信されてもそれを止めることはしないだろう、とトランプ側が嵩を括っての発信とも考えられる。いずれにせよ、トランプ陣営は男性優位の立場を支持しつつ、困ると女性のパワーに頼っているのは確かである。
ビヨンセの支持を得る〝威力〟
同様に女性のパワーと言えば、米国を代表する歌手のビヨンセが、次期大統領選挙を戦うハリス陣営に対し、400万ドルの寄付を表明し、楽曲「フリーダム」の使用を認めた。これはハリス陣営にとって勝利への大きな推進力となると受け止められている。
400万ドルというのは途方もない額であるが、大きな力となると考えられるのは資金だけではない。米国でも数少ない黒人にも白人にも熱狂的に受け入られているエンターテイナーの一人であるビヨンセの支持を得たということの意味の大きさがそこには潜んでいる。
ビヨンセは、かつては黒人としてメッセージ性のある楽曲よりも、幅広いファン層が受け入れやすい作品を発表していた。しかし、相次ぐ警官による黒人殺害事件の発生に触発され、16年に黒人性を前面に押し出した新曲「フォーメーション」を発表した。
この変化がもたらした影響はすさまじく、歴史ある人気コメディ番組サタデー・ナイト・ライブ(SNL)が、「ビヨンセが黒人になった日」という架空の映画の予告編を作成したほどであった。それは、これまでビヨンセのことを白人であると信じて曲を聴いてきた白人たちが、黒人性を前面に出した新しいアルバムの登場によって、ビヨンセが黒人であったことに初めて気づき、宇宙人が来襲したのと同じくらい驚いた、という内容であった。
何も驚かない黒人をよそに、ビヨンセの新しいアルバムを聴いた白人たちが、まるでそれまで信じていた世界が崩れたように感じて半狂乱になって逃げ惑う姿を笑うというSNLらしい皮肉の効いたものだった。もちろんビヨンセに黒人の血が流れていることは周知であったが、彼女の作風やパフォーマンスの変化がそれほど劇的であり、衝撃を持って受け止められたということを表していた。