2024年8月31日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2024年8月31日

待遇への不満か

 「愛国心むき出しの人間ではなかったと聞いています。なんでこんなことをやったのかはさっぱりわかりません」と、あるNHK関係者は話す。もともと根っからの愛国者でついに我慢できずに行動を起こした……とは、とても考えられないという。

 では中国政府の浸透工作(各種手段を使って中国の影響力を拡大しようとする工作)ということはありえないのだろうか。それも考えづらいというのが前述の関係者のコメントだ。

 というのも、Kは“アナウンサー”という肩書きで紹介されていたが、実際にはNHKの関連団体と業務委託契約を交わし、通訳やナレーションの仕事に派遣されるという役割で、NHK内部の機密を得ることは難しい。わざわざ浸透工作のターゲットにしても不適切発言をさせるぐらいしか使いどころがない。

 よりありそうな話が個人の不満だ。Kはたびたび自身の待遇に不満を漏らしていたという。業務委託での通訳、ナレーション業務は非正規職で給与などの待遇は決して恵まれたものではない。Kは中国の大学を卒業後、22年前に日本に留学、東京大学の大学院を卒業したというキャリアを持つ。

 24年現在の中国では大卒の学歴などありふれているが、22年前の時点では相当のエリートだ。02年の高等教育(四年制大学、高等専門学校)卒業生は134万人、それが24年には1179万人にまで膨れあがっている。最近では、名門大学卒業生でも就職先が見つからず、フードデリバリーやライドシェアなどのギグエコノミーで働くという話も珍しくはない。

 しかし、Kの卒業当時は大卒ならば好待遇の就職が期待できた。彼の同級生の多くは出世し、それなりの役職についているだろう。

 四大卒の時点で十分エリートなのに、東京大学大学院という学歴までプラスしたのだから、早々に中国に帰国していれば、中国経済急成長の波に乗ってかなりの良い職を得られたのではないか。少なくとも業務委託での通訳、ナレーションよりは高給を得ていた可能性は高い。

瞬間炎上社会でのリスク回避?

 待遇が恵まれない一方で、「漢奸」(売国奴)扱いされるという不安もつきまとう。親日認定されると炎上するという構図は以前からのものだが、近年ではなんでもかんでも難癖をつけてアクセス稼ぎする炎上焚きつけ系インフルエンサーが跋扈している。

 今年3月には中国飲料大手・農夫山泉が槍玉に挙げられた。「お茶ペットボトルのパッケージに書かれた伝統建築は日本文化の宣伝だ」「茶Πという商品名、このΠという文字は靖国神社の鳥居を模している」とこじつけもいいところの批判で炎上、株価が急落した。

 この炎上事件の伏線は農夫山泉のライバル企業、飲料大手ワハハ集団の創業者・宗慶後が死去したことにある。宗慶後は中国経済の発展を牽引し外資と戦った素晴らしい人物だ……とほめる流れが、それに比べて農夫山泉はひどいという流れに転嫁し、ついに難癖をつけての炎上につながったわけだ。

 どこから火の手が上がるかわからない、瞬間炎上社会・中国。日本の立場を中国語で伝えるアナウンサー、ナレーターの仕事をしていても、いつ自分が巻き込まれるかという不安はあったはずだ。実際、NHKでのお仕事が理由で炎上した事件もある。


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