2024年11月22日(金)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2024年9月4日

 以前から指摘されていることだが、店員の名札が外国人を思わせるカタカナにしておくと、その種の暴言は来ないという。ウチとソトを峻別し、身内、つまり日本語ネイティブであれば、敬語のヒエラルキーの対象になるのが日本語圏の文化である。と同時に、身内扱いイコール自動的にハラスメントの対象になって暴言が出るという「タテ社会」文化は、そろそろ徹底的に根絶が必要だろう。

〝まちの飲食店〟衰退の危機

 一方で、改善が必要なのは消費者の側だけではない。サービスを提供する側にも、根本的な意識と姿勢の変革が求められている。

 日本には「おもてなし」の文化があり、そのサービスは世界一だと思われているが、全くの自信過剰だと思う。この「日本のおもてなし」だが、様々な点で問題だらけだからだ。

 まず顕著なのは、生活に密着したランチ営業などの小規模飲食店が衰退しているという問題だ。いわゆる定食屋、町中華、ラーメン専門店、日本風洋食店といったランチの客単価が1000円に満たないゾーンでの個人営業店がどんどん廃業に追い込まれている。

 その結果、このマーケットはコンビニ弁当、牛丼系などのチェーン店に置き換わっている。その結果、こうした業態では、マニュアルに縛られたオペレーションが中心となり、温かみのあるコミュニケーションのない、無機質で非人間的な空間が日常化している。ビジネスの観点から見れば、これは壮大なスケールでの付加価値の消滅であり、労働環境という面や食の環境という面では人間性の否定である。

 もちろん、チェーン店の場合は本社管理部門などの固定費が重く、現場を合理化しなければならない必然性がある。悪意から粗利の拡大に走っているわけでは全くない。では、どうして個人経営の小規模飲食店が衰退しているのかというと、原材料の高騰や高齢化、後継者不足などがあるという。

 けれども、その奥にあるのはファイナンスの問題だ。まず、日本の金融業界における零細企業への貸出ノウハウが民間には残っていないということがあり、これと裏表の関係でリスク選好マネーが枯渇しているという問題がある。

 従って、小規模飲食へのファイナンスということでは、政府系の公庫以外にはチョイスがないし、全体的には業界を支えられていない。いずれにしても、コミュニティに密着した小規模飲食の「おもてなし」が危機に瀕しているというのは深刻な問題だ。

供給が足りていない高単価の飲食店

 では、反対に高額、高付加価値のハイエンドの側はどうかというと、こちらにも課題は山積している。日本の外食産業はバブル崩壊後も付加価値の拡大を続けており、国内でもグルメブームに乗って来た。そこにインバウンド消費が上乗せされる中で、業界を取り巻く環境は決して悪くない。けれども、現在の日本のハイエンドの「おもてなし」は、こうしたニーズを受け止めきれていない。

 その背景には、「おもてなし」という日本の文化が「単に消費者を上下関係の上位に置いて自尊心をくすぐる」だけの貧相なサービスノウハウを中心としているからだ。そうではなくて、5つ星のレベルに求められるのは、対等な人間関係・信頼関係の上に高度な問題解決のスキルを提供するサービスである。これは文明のレベルから鍛え直して作り上げるしかない。

 その結果として、世界基準で最高クラスと言われる「5つ星」の宿泊施設が圧倒的に足りないという状況が続いている。特に宿泊客の様々なニーズへ柔軟に対応する、バトラーやコンセルジュのプロフェッショナリズムということでは、全く不十分である。

日本の〝おもてなし〟が5つ星ホテルを超えるのはまだ遠い(kadmy/gettyimages)

 さらに、ミシュランの星の獲得などグルメ都市の評価を恣にしている東京だが、一流店の規模が小さい。つまり客単価が1万5000円レベルの「大箱(おおばこ)」が極端に少ないのである。


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