2024年10月15日(火)

Wedge REPORT

2024年10月15日

『Wedge』2024年8月号(7月20日発行)では「Japanese, be ambitious ! 米国から親愛なる日本へ」という特集を組み、アメリカ社会で活躍する様々な日本人や外国人の日本研究者らに取材しました。

「バブル崩壊以降、経済が低迷し、自信を失いつつある日本人が改めて『大志』を抱き、一歩前へ踏み出す勇気を持ってもらいたい」という我々編集部の願いのもと、今年5月、アメリカ横断取材し、制作しました。

 雑誌発売後の7月24日、日本橋浜町の「ハマハウス」にて、月刊『Wedge』編集長の大城慶吾と、弊誌連載『モノ語り』の筆者で、アメリカの飲食業や大リーグの球場運営などを情報収集するため、我々の取材に同行したgood mornigs社代表の水代優さんによる現地取材報告会を開催しました。その時の様子をお伝えします。

水代さん(左)と大城編集長。ハマハウスにて

令和の岩倉使節団

水代 なぜ今回、このタイミングでアメリカに取材だったのでしょうか?

大城 私が編集部に復帰したのはコロナ禍の2020年7月でした。その後、アメリカ社会で活躍する様々な日本人の方が一時帰国した際、会える時には必ず会うように心がけていました。現地の情報を知りたかったからです。その際、よく言われたのが「アメリカのことは日本のメディアの情報を見ていても分かりません」「アメリカ社会で起こっている変化をぜひとも皆さんの目で直接見てください」ということでした。話を聞けば聞くほど、アメリカに行きたいという思いが強くなっていましたが、コロナ禍のため、ずっと足止めされていました。

ニューヨークの地下鉄で取材先に向かう大城編集長。NYの地下鉄では、クレジットカードが、日本での「スイカ」や「パスモ」の代わりになる

 転機になったのは、2023年12月。今回の特集でもご紹介していますが、シリコンバレーで活躍し、カーネギー国際平和財団シニアフェローの櫛田健児さんに東京でお会いしたことです。その時、櫛田さんからこう言われたんです。

「アメリカから日本人、日本企業に伝えたいのは『できるよ』ということ。そのことを現地で取材し、伝えてほしい」と。それで、手前味噌ながら「令和の岩倉使節団」として、現地の様子を自分たちの目で見て、『Wedge』の誌面を通じて伝えよう」と決意したんです。

櫛田さんが拠点にするパロアルト。通りに自動車が入れないようにして飲食スペースをつくっていた

水代 まず、我々が向かったのが、シリコンバレーの南に位置するサンノゼでした。いたる所でテスラが走っているという印象でしたね。

普通の駐車場にもテスラのチャージャーが設置されている

大城 そうでした。ただ、アメリカ人の中には「アンチ、テスラ」、「アンチ、イーロン・マスク」がいるそうで、そうした人たちからは「テスラでなく、韓国の現代自動車でもなく、トヨタにEV(電気自動車)をつくってもらいたい。でもプリウスしかなくて困っているという声があがっている」という話を聞きました。

 ただ、日本ではEVの善しあしについての議論が盛んで、「EVの充電には時間がかかる」「充電ステーションが少ない」などのイメージを持つ方が多いように思います。ただ、現地に行くと、充電時間が1時間にも満たない急速タイプと、8時間ほどかけてゆっくり充電するタイプの2種類のステーションがあり、多くの方は「使い分け」をしていると聞きました。前者はちょっとした買い物の途中で、後者はオフィスで朝から夕方までの仕事中に充電するという形です。大きな支障はないということでした。

 櫛田さん自身、テスラのEVに乗られていて、車内モニターでマップを見せてくれたのですが、全米中に充電ステーションが設置されており、このルートで行けば、西海岸のサンフランシスコからから南部のフロリダまで全米を横断できるというものでした。

 充電ステーションがあらゆるところにあり、すでに全米を横断できるような環境がアメリカにはある、ということが今回行ってみて、初めてわかりました。

自動運転という未来がすでにあった

衝撃だったウェイモ

水代 完全自動運転タクシーのウェイモにも乗れましたね。あれは衝撃でした。

大城 本当にそうでした。アメリカ取材中、1番の衝撃と言っても過言ではないほど、驚きでした。乗車体験記は、記事にも書きましたが、人間の運転よりも“ちょっぴり上手い”というのが最もふさわしい表現だと思いましたね。当然ながら運転手はいないのに、安心して乗っていられるんです。日本にも普及してほしいものです。

参考記事:『<サンフランシスコでの乗車体験記>透明人間が運転?「Waymo」に乗って分かったこと』

UCバークレー

水代 西海岸では、フリーウェイに乗ってもテスラばっかりでしたね。また、フリーウェイといえば、渋滞もひどくて、UCバークレーからサンフランシスコに戻ろうとしたら、大渋滞にははまりました。その日はドジャースがサンフランシスコジャイアンツの本拠地「オラクルパーク」に来ていて、チケットをとっていたんです。そしたら、渋滞で足止めを食らっている際に、大谷選手がホームランを打っていたんです(笑)。あれには参りましたね。

 結局、球場に入ったのは6回でした。驚いたのが、4カ所くらい大きい入り口があるんですけど、僕らが到着した時には、1カ所しか開いていないと言われて……。これ日本だったら大変なことになりますよね、多分。「お金払っているのに何事だ!」みたいに。セキュリティーもしっかりしていて、手荷物は預ける仕組みでしたね。

オラクルパークのスコアボードに映る大谷選手
オラクルパーク内で販売されるビールの調査をする水代さん

 球場内でビールを買うだけなのに、ここでもチップが求められました。こっちがカウンターで買っているだけなのに、20%のチップがとられてしまうわけです。球場内の売り子から購入するときは、3種類の%があったのですが、「20%を押せ」と言わんばかりで、びっくりしましたね(笑)。

 スターバックスのスタッフからは「日本が一番ホスピタリティ高い」とよく言われています。パロアルトやクパチーノのスタバに行くと、確かに日本ほどのホスピタリティは高くありません。ちなみに、僕の連載の担当編集者の友森副編集長が、ニューヨークのスタバのレジでコーヒー豆と水筒を買ったら、やはり、チップが必要だったそうです(笑)。

ニューヨーク・グランドセントラル駅

大城 私もニューヨークのグランドセントラル駅の売店でペットボトルの水を購入した時、チップを取られました。ただ単に冷蔵庫からペットボトルを取って、レジに出しただけだったのに……。しかも、水は5ドルくらいして、びっくりしました。日本ならチップなしで100円程度で売ってますから、いかに安いかですね。

水代 ただチップは、聞いてみると、若者を支援する投資っていう意味があるそうですね。例えば飲食店で働いている若い人たちに「頑張れよ!」というエールを込めて渡している、夢を持っている若者たちを自分たちが支えるんだという思いがある。やっぱチップ文化は日本にもできてほしいかなと思いました。

 飲食店などを巡っていると、「どうして彼らのほうが生産性が高いのか?」と不思議だったのですが、やはり、単価が日本より高いということと、さっきの「オラクルパーク」の球場のように、割り切りで、日本のような過剰なサービスをしないということなのではないかと思いました。

 他にも、「アプリが使えないと、荷物を受け取れません」ということもあった。日本だったら、「スマホを使えないお年寄りをどうするんだ!」と、いろいろな苦情対応を考えてしまい、結局導入されず、人手を使うという発想に行きがちです。そこに対しては割り切るというか、削り取るというか、こうした思い切りの良さも、アメリカのパワーの一つなのかなと思いました。

大城 そうでしたね。思い切った割り切りがありましたね。

パロアルトで食べた水代さんチョイスのランチ。天気と気候の良さとあいまってとても美味しい
ニューヨークといえば、なぜかイタリアン。映画「ゴッドファーザー」の影響か……
NYタイムズスクエアでは飛び出す「カップヌードル」の広告を見た

LCCで安く行くことができる米国

サンノゼのジャパンタウンの掲示板

水代 話題は変わりますが、渡米初日に到着したのがサンノゼです。サンフランシスコから南に、自動車で1時間くらいの場所です。今回、ZIPAIR(ジップエアー)というJAL(日本航空)の子会社のLCCを使ったのですが、片道が手荷物込みで約5万円でした。これは衝撃の価格でしたね。

大城 当然、エコノミーでしたが、想像していた以上に快適でしたね。ひたすら本を読んだり、スマホで映画を見たり、途中寝たりして過ごしていたらあっという間でした。

ケーブルカーから望むサンフランシスコのダウンタウン

水代 翌日は、パロアルトに行きましたね。

大城 まず、グーグル本社のあるカリフォルニア州マウンテンビュー市で、陸空両用で、本物の「空飛ぶ車」の実現を目指し、日夜開発を続けているスタートアップの「ASKA」を取材しました。同社の会長兼最高執行責任者(COO)である日本人女性のカプリンスキー真紀さんのお話は本当に面白かったです。水代さんも感銘を受けていましたね。

水代 記事にもありますが、カプリンスキーさんの「シリコンバレーにはすごい人がたくさんいるけど、そこに行くことだけを目的にすべきではない。起業家になることはあくまでも手段で、自分たちは何を成し遂げたいのかという大きな志が先にあるべき」という言葉は、同じ経営者として、とても心に沁みましたね。

カプリンスキーさんと取材班

参考記事:『陸空両用の「空飛ぶ車」 社会を変える「ASKA」の挑戦 実用化を見据えた日本での活用方法とは?』

ロウワー・マンハッタンにある笠木のお店「ドクター・クラーク」

大城 本当にそうでした。「シリコンバレーに行けばなんとかなる!」ではなく、まずは、「自分たちは何をなすべきか、企業活動を通じて、どういう社会をつくりたいのか」という大きなビジョンを掲げ、取り組むべきということが大事ですね。私もカプリンスキーさんの言葉から、改めてそのことを学ぶことができました。

 また、ASKAには、かつて「MRJ」の開発に携わっていた元三菱重工出身の技術者が4人もいました。これは本当に驚きましたね。しかも、彼らは本当に楽しそうに働いていて、笑顔がまぶしかった。あれは忘れられません。

水代 いい顔してましたよね~。

ニューヨークでジンギスカンが食べられるとは!

 

大城 そのうえで、シリコンバレーという場所で何をするのか、ということですが、残念ながら、現状では、インド、中国、韓国などの国に比べて、日本の存在感は薄いと言わざるを得ません。もちろん、皆さん、頑張っている。けれども、インド、中国、韓国では、すでに人材の採用から資金調達まで、自国のネットワークで完結する「エコシステム」を持っている。日本もその「エコシステム」を構築できるかどうかが今後のカギになりそうです。

 また、日本の金融機関がリスクを取って融資するかどうかという点も一つの大きな壁です。今回、水代さんのお知り合いで、ニューヨークで複数のレストランを展開している笠木恵介さんのお店で、ジンギスカンを頂いたのですが、本当に美味しかった。ただ、笠木さんによると、ニューヨークでも、韓国系などの金融機関に比べて、日本の金融機関の動きは鈍く、日本人が出店するというのに融資をしてくれず、やむを得ず韓国系の金融機関にお願いするケースもあるという話を聞き、ちょっと残念に思いました。日本の金融機関も頑張ってほしいです。

NYブルックリンブリッジのたもと、ピア17は再開発され、レストランやオーガニックスーパーが並ぶ

『トップガン』のモデルに会う

水代 ニューヨークに行く前には中西部のオハイオ州に行きましたね。ここでは、オハイオ州立大学(OSU)のテッド・カーター学長と、デワイン州知事にインタビューをしました。私はカメラマンとして皆さんの取材風景を撮影させていただきました。

取材班と藤田氏(中央左)とカター学長。撮影は水代さん
オハイオ州知事へのインタビューの様子。こちらも撮影は水代さん

大城 素晴らしい写真をありがとうございました。誌面にも「YU MIZUSHIRO」のクレジットをしっかり掲載させていただいております(笑)。

 OSUは、全米トップクラスのアメリカンフットボールの強豪校としても知られています。学長のテッド・カーターさんは元米国海軍の戦闘機パイロットで、映画『トップガン マーベリック』のモデルにもなった人というすごい人です。彼をヘッドハントしてきたのが、かつて『Wedge』でも連載し、弊社の書籍『Fail Fast! 速い失敗が未来を創る』の著者である藤田浩之さんです。

 藤田さんは、早稲田大学を中退して、アメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学(CWRU)で物理学博士課程を修了し、その後、GE(ゼネラル・エレクトリック)などを経て、2006年に医療機器開発製造会社のQED(クオリティー・エレクトロダイナミクス)を創業し、成功した方です。2012年にはバラク・オバマ大統領の一般教書演説の際、大統領夫人貴賓席に日本人として初めて招待されるような、まさにアメリカン・ドリームを体現した人でもあります。

クリーブランドのカントリークラブで、藤田氏にご馳走になったクラムチャウダー。大城編集長がアメリカ出張で最も美味しかったという逸品

参考記事:『「この大学を守る!」 軍人出身の学長と、ある日本人の志(前編)』

アメリカの大学で存在感の薄い日本人

水代 OSUといえば、中国人留学生の数と日本人留学生の数の差に驚かされましたね。

スタンフォード大学の大きさに驚く大城編集長と野川特派員(左)

大城 学生全体で6万5000人。その中で、外国人留学生の内訳は、中国人が約3200人に対して日本人が約40人でした。スタンフォード大学でも、学部生では10人にも満たない少数だと聞きました。アメリカ社会で、日本人、日本の存在感はどんどん低下しています。思い切って外の世界で勝負してみるということはもちろんのこと、リトルトーキョーやジャパンタウンの復活みたいことは、日本の政府も国家戦略としてサポートする必要があるのではないでしょうか。ロスのリトルトーキョーも、今はもう存続の危機にあるといいます。現地を見ましたが、人もまばらで、とても寂しい印象でした。

同じく水代さん

 また、スタンフォード大学にも行きました。同大学の社会学部教授で、アジア太平洋研究センタージャパンプログラム所長の筒井清輝さんと、同大で客員研究員も務めた山本康正さんにお会いし、インタビューしてきました。

参考記事:『<スタンフォードから見たニッポン>百聞は一見に如かず 若者たちよ、もっと外の世界で勝負しよう!』

 日本の歴史や文化などに興味を持つアメリカ人たくさんいるらしいんですが、アメリカの大学の中で日本のことを教える研究者、教授が激減しているそうです。一方で、中国はたくさんいるんですよ。これはかつてのように日本がアメリカにとって(経済的な)ライバル国でなくなった、という側面もありますが、アメリカ人の日本研究者、教授が減り、中国のことを教える人が増えるということは、自然と、アメリカ社会の中で中国の主張が通りやすくなることにもつながります。

 やっぱり外に出ることは大事で、日本のプレゼンスを高めていくことが必要です。取材中に聞きましたが、日本のエリートは、有名な名門高校を出て、有名な大学を出て、有名な一流企業に勤めてる。その中って、居心地がいいじゃないですか、ただ、みんな同質で、同じような土壌で育った人ばかりと付き合っていては、世の中がどんどん狭くなっていく、世の中が見えなくなっていきますよ、と。その通りだと思います。アメリカの強さは本当の意味で「多様」であることです。

スタンフォーフォード大学のランドマークであるフーバータワー(上)と、その上からの眺め(下)

「(シリコンバレー)ごっこ」ではダメ

水代 だからアメリカもいろんなもちろん問題はたくさんあるんですけど、やっぱり違う国の人を入れたり、非常に多様性があるなっていうのが強みですよね。「世界選抜」なんですよね。テスラのイーロン・マスクやグーグルのセルゲイ・ブリンは、どちらも移民一世でしょう。結局、アメリカ人が何かやってるんじゃなくて、シリコンバレーは世界で一番“ヤバい奴ら”が、「世界変えてやるぜ」って、ね。

 シリコンバレーはこうやってやってるから、東京はこうしましょう。日本はこうしましょうっていうのは、“スーパー間違い”だなって思いました。私には大企業を経営した経験はありませんが、やっぱり、「(シリコンバレー)ごっこ」のようなことをしていては、日本企業に飛躍はないのではないかと思います。

トークショーでのワンドリンクのために水代さんがチョイスした今、最も注目されるクラフトビール

 また、アメリカは何でもカルチャーにする、何でもエンタメにするのがうまいですね。いま、アメリカは空前のクラフトビールブームです。今日のイベントでも、カリフォルニアのクラフトビール10種類を用意しました。モノづくりが得意な日本でも、良質なクラフトビールがつくられているのですが、アメリカのように「文化にまで昇華する」ところまではいっていません。

 クラフトビールはある意味で、アメリカがカルチャーを作ったんですよ。ホップの量とかも多い。ドライホップといって、出来上がる直前にバンバンホップを入れたりとかしている。日本やフランス、イタリアでは。たくさん入れるんじゃなく、何を削り取ってこのビールを表現するかっていうのをやってるから、考え方が違うんですよね。

大城 水よりもビールのほうが安いという場面も見られました。アメリカで飲んだクラフトビールの味は忘れられませんね。水代さんもいよいよアメリカでお店を持つことを検討されてみてはいかがでしょうか。いつかアメリカで水代さんプロデュースのお店に行く日が来ることを楽しみにしています。

【イベント告知】
日時:2024年10月21日(月)18:30 - 20:30
場所:Hama House in 日本橋浜町

明治大学教授・海野素央氏講演会

「アメリカを覆う深刻な分断と民主主義の危機〜アメリカ大統領選挙2024の行方はいかに?〜」

詳細:https://peatix.com/event/4158925

概要:2008年、12年、16年、20年、各候補の選対事務所に密着し、各陣営の戦略から アメリカ大統領選挙をウォッチしてきた明治大学政治経済学部の海野素央 教授。同時に、高校生や大学生たちが行う「戸別訪問」に参加することで、グラスルーツ(草の根)という民主主義の原点を知った。さらに、10時間以上も並んでトランプ氏の選挙集会に参加して、トランプ支持者たちと交流することで、彼らのトランプ氏に対する思いも知った。2024年の大統領選挙は、「民主主義の破壊者」としての色合いを強めてきたトランプ氏の勝敗の如何が注目を集めている。トランプ 氏とは何者なのか? ハリス 氏との勝負の行方は? 迫るアメリカ大統領選挙の行方を占う。

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