領土を守るオレクシさんとオレクシさんの心や気持ちを支えるヴィカさん。現在のウクライナを物語る関係だ。2人をつなぐのは、形は違っていても、夫婦で芸術や映像に関わる仕事をすることにあるという。
少し前、ヴィカさんはホロドモールについての舞台の振り付けをした。ホロドモールとは、ソ連時代にウクライナで起きた人為的な大飢饉である。その犠牲者は350万人にも上ると言われソ連によるウクライナ人の虐殺であると考えられている。
また、コレオグラファーとして、幼児向けダンス教室の手伝いも始めた。「子供や母親が安心して過ごせる場所を作りたい」とその目的を語る。
首都キーウでも毎日のように空襲警報が鳴り響く。防空システムがあるので確かに着弾は少ないが、一方で迎撃音もすさまじい。人々は音に敏感になりがちだ。
そのため、突然大きな音が鳴らない音楽を慎重に選んでいるという。踊りを教えるのではなく、子供たちが自発的に踊りはじめるような工夫もしている。
まずは大人たちが踊り、子供がそれに付いてくるように諭し、子供が踊り始めると大人は補助役に回る、という具合だ。子供を連れてくる親たちも、子供が自ら踊り始める姿に驚き、喜んでくれるのだという。
ヴィカさんは「幼児向けのダンス教室で、戦時下での平和な空間を作りたい。それが一人でも多くここに居続けられることに繋がる」と語る。
ヴィカさんは何度も「ウクライナ人にもっとウクライナという問題に関心を持ってもらいたい」と言っていた。ウクライナ人全員が戦争やウクライナのアイデンティに向き合っているわけではない。多くの人が悪いことは考えたくない、と無関心を装っている。自分の仕事である芸術を通して関心を持つ人々が増えたら、との思いだ。
「私たちウクライナ人がここにいる。それがウクライナを守ることになる」と静かに言った。
戦場でなくても〝戦う〟
ロシアによる全面侵攻は、ウクライナ人のアイデンティティを再確認させ、強化する大きな契機となった。
兵士たちは日々強いストレスの下で戦っている。このため、アイデンティティの問題を問い直す余裕はあまりない。文化や言語などを通じてウクライナ人とは何かを示すことが、戦場にいない女性の大きな役割となっている。
戦争は人々にウクライナ人として生きるという責任をもたらしたと言えるだろう。ガリーナさんやヴィカさんのような女性たちの日々の生活がウクライナを支える力になっていると言える。