米国法曹界でも分かれる恩赦の範囲
そのような絶大な力をもつ大統領の恩赦の権限とはどのようなものなのだろうか。この恩赦の権限については合衆国憲法批准をめぐる議論の中でも意見が分かれていた。
憲法批准を目指す文書として作成され、憲法制定に関わった者たちの意図を推し量る上で重要なよすがとなる文書である『ザ・フェデラリスト』の中で、ワシントンの側近で初代財務長官となるアレクサンダー・ハミルトンは、恩赦の権限を支持している。一方、バージニア代表として憲法制定会議にも参加したジョージ・メイソンは、大統領自身が示唆した犯罪を許すことになるため恩赦の権限は持たせるべきではないと強く反対した。
メイソンが言おうとしたのは、もし、大統領が誰かに命じて、政敵を暗殺させるなどした上で、その犯人を大統領が恩赦するといったことが可能となってしまうという危惧ではなかっただろうか。つまり、直接的であれ間接的であれ、罪を犯した大統領がその罪を免れることが可能になってしまうという心配だ。
実際、トランプは、大統領は自分自身を恩赦できるという考えを述べている。この問題にはまだ答えは出ていないが、決めるのは連邦最高裁であり、共和党による指名の判事が6対3と多数派を占め、その6人のうち3人がトランプによって指名された判事である現在、トランプの主張が認められる可能性はゼロではない。
これまでも行使されてきた
結局、恩赦の権限を定めた条項を含んだ形で憲法は批准され今日に至っている。恩赦は、初代大統領のジョージ・ワシントンを含めほとんどの大統領によって行使されてきた。
一度も行使しなかったのは、ウィリアム・ヘンリー・ハリソンとジェームズ・ガーフィールドの二人だけで、行使しなったのは二人とも就任から間もなく死去したからであった。少ないものでワシントンの16件やジョン・アダムズの20件があるが、千人を超えている者も少なくない。ベトナム戦争の徴兵忌避者を恩赦したカーター大統領の場合は、数にすると20万人を超える人々に恩赦を与えたことになる。
国家に対する反乱罪や南北戦争の南軍関係者に対する恩赦など国家の行く末に大きく関わった罪について恩赦が行われた例も多いが、個人的なケースも目立っている。クリントンが、コカイン所持で有罪となった弟を恩赦した例などが代表的である。ニクソンの大統領選挙において不正献金を行った罪で有罪となった石油会社の最高経営責任者(CEO)は、共和党全国委員会に巨額の献金をした直後にジョージ・H・W・ブッシュに恩赦されている。
既に他界した人物を恩赦することも可能である。カーター大統領は、南北戦争時の南部連合大統領であったジェファーソン・デイヴィスに恩赦を与えている。