プーチン氏は08年に、憲法上の規定に沿っていったんは大統領の座を降りるが、メルケル氏との会合はその直前というタイミングでもあった。そのような局面で、欧州の中心的国家であるドイツの首脳と会談する際に、プーチン氏が手を抜くはずはない。
プーチン氏は会見で、さらにこう続けた。
「今日の国際関係における問題というのは、何よりもなお、国際法の原則に対する軽視だといえるだろう。つまり、このような(コソボ問題のような)国際問題に対し、現在の国際社会における各国の力関係の延長で解決しようという誘惑が、各国指導者にはあるのだ」
「このような方法(NATOによる空爆)が普遍的で、各地の凍結された紛争の解決方法になるのかということだが、もしコソボが独立をするのであれば、まあ、ある国々は、〝そうだ〟というのかもしれない。しかし、もし彼らがそういうのならば、われわれもまた、同じことを言うだろう」
プーチン氏の発言が何を意味しているのか。それは、〝NATOによる空爆でセルビアからコソボが引き離されたように、軍事的手段により領土問題を解決しようというのであれば、われわれもそうするだろう〟と宣言しているに等しい。
コソボをめぐるプーチン氏の主張はその後も大きくは変わらず、逆に自国によるウクライナへの全面侵攻を正当化するためにも使われている。
記者会見後、メルケル氏はプーチン氏の横にいったんは座ったが、その後、席を蹴るようにその場を去ったという。当時のロシアメディアは「二人が会談で合意しなかったことは明白だった」と解説した。
屈折した感情から生まれる行動
飼い犬を使うだけではない。メルケル氏は、プーチン氏が会見にわざと遅れることで、相手にその権力を誇示しようとするとも指摘している。
会見に遅れるといえば、プーチン氏の間で北方領土交渉を進めようとした安倍晋三首相もそのような手を繰り返し使われていた。20回以上の会談を重ね、プーチン氏に対する厚遇や、時に国際社会から白い目で見られてもロシア寄りの姿勢を示した安倍氏だったが、プーチン氏には幾度も煮え湯を飲まされ、問題の解決を引き出すことはできなかった。
プーチン大統領は、ソ連崩壊や冷戦での敗北などといったロシア・ソ連が抱える屈辱的な体験に対する報復が、西側諸国との交渉で繰り返し顔をのぞかせる。コソボ問題もまた、ソ連崩壊後の国力の低下が、NATOの空爆を許したとの思いをプーチン氏に抱かせていることは間違いない。
ただ、だからといって、首脳外交の場で犬を使って相手を威嚇する必要などはない。メルケル氏との会談のエピソードは、プーチン氏の屈折した感情とその趣向を浮かび上がらせている。
