熊本地震と能登半島地震の教訓
筆者は、長年にわたり熊本大学医学部で特別講義を依頼されており、年に一度、熊本大学に行く。そこで、熊本地震について色々と話を聞く機会があった。
その中で、大学病院の話は教訓にすべきだと強く思った。
熊本大学医学部附属病院の内、「免震構造」で建てられていた病棟と中央診療棟は、震度7の地震が起こっても、机上のもの一つ転げ落ちることさえなかったというのだ。一方、その他の「耐震構造」の病棟等は、建物が壊れることこそなかったが、内部は棚や家具が倒れるなど、滅茶苦茶になったという。
もちろん、建物自体が倒壊してしまうことは避けなければいけないから、まず建物を「耐震構造」や「制震構造」にすることにも意味はあるだろうが、震度7でもほとんど揺れない「免震構造」の技術が既にあるのならば、その技術を急いで広げていくべきだろう。しかし、残念ながら「免震構造」の普及は極めて遅々としたものでしかない。
実際、昨年(2024年)1月1日に起こった能登半島地震では、多くの病院が機能不全に陥ったが、その中で唯一、恵寿総合病院の本館だけは免震構造であったために、地震発生後、本館では医療機器の転倒や棚の本の落下など被害がほとんどなく、地震から1時間もたたないうちに医療活動を再開できたという。一方、耐震構造だった病棟では、外壁のひび割れや天井の落下、スプリンクラーの破損などの被害が発生し、病棟の入院患者は全員、免震構造の本館に移動し、4時間後に夕食を提供することができたということが報道されている。
その病院が免震構造であったことが奇跡のように報じられたりもしたが、実は既に、8年前の熊本大学医学部附属病院でも同様の報道がされていたし、厚生労働省の会議でもその事実や意義について報告されていたのであり、免震構造の価値や重要性はもっと周知され普及されるべきであったはずだ。
免震構造の普及を急げ
地震大国の日本では、官民をあげて、病院など主要な公共の建物はもちろんのこと、全ての建物を免震構造にしていくような施策を打ち出していくべきである。免震構造の建物の建設が進むと、もう一つの課題である液状化への対策の技術も進んでいく。実際、恵寿総合病院の免震構造の本館が建てられた際には、その地の液状化を防ぐ技術も導入されていた。
「持続可能な社会」というフレーズで、エコなどに対しては、様々な補助金などによる浸透が図られているが、ひとたび大きな地震に襲われれば、その地域の社会は崩壊してしまう。
あらゆる形で徴収された税金がどのように使われていくべきかを考えるとき、「免震構造」の建物の普及の優先順位は高いはずだ。そのための法整備や、さらなる技術開発への支援に取り組めば、経済的な効果も見込め、その技術は、海外の地震で苦しむ地域にも輸出できるはずである。
兵庫県南部地震による阪神淡路大震災から30年経った今、大阪府の若い教師たちにもこの震災の記憶がなく、風化させずに被害を伝えていくことは本当に難しい。
だからこそ、改めて、免震構造の建物の普及の重要性を社会全体で認識し、その普及を急ぐ必要がある。次の大地震が起こってしまってからでは手遅れなのだ。「いったい、何度、大震災を経験したら、免震構造の本格的な普及に舵を切ることができるのか。」と言われることのないように、この分野に対して官民あげてドラスティックな取り組みを進めてほしいと願う。
『地震予知で命は救えない 研究者のための研究からの脱却を~阪神・淡路大震災から20年で考えなければいけないこと~』