30年前の記憶

兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災から30年になる。
1995年1月15日の日曜日の夜遅く、筆者は妻と1歳半の子どもと3人で、神戸市東灘区の知人宅を出発し、すぐに阪神高速に乗って、京都と奈良の府県境にある自宅まで帰った。
知人は私がとてもお世話になっていた雑誌の編集者である。その妻は神戸の大きな病院の看護師で、ちょうど同じくらいの子どもがいたこともあり、家族ぐるみの付き合いをしていた。前日の土曜日からよく遊んでいたので、子どもは、帰りの車に乗るや否やすぐに眠りについた。
帰宅して私が眠りにつくのは、0時を過ぎており、既に16日になっていた。その翌日の17日の早朝に兵庫県南部地震は起こったのである。
大学で地学を専攻し大阪府の高校の地学教員である筆者は、地震に敏感な方で、1995年1月17日の5時47分、揺れを感じて目が覚めた。布団の上からとっさに上半身を起こして、揺れていることを確認した時、隣で寝ている子やその向こうの妻はまだ地震に気付かずに眠っていた。
当初、「この程度の地震なら大きな被害にはならないかな」と思い、私ももう少し横になろうとしていたが、今までに体験した地震とは違い、同じ強さのコトコトとした揺れが数秒間ずっと続いていて、徐々に揺れが収まっていく様子がない。その瞬間、私は気付いた。
「もしかして、これは初期微動!?」
そう思った瞬間に、主要動の激しい揺れが来て、私はとっさに隣で寝ていた子に覆いかぶさり、妻も目を覚ました。
私の自宅は、結果として震度4の地域だったが、団地の5階だったので、一回り揺れは大きかっただろう。思えば、私はそれまでの人生で、初期微動を実感できたことはなかった。今までは、たまたま大きな地震を体験していなかったので、いつも初期微動には気付かず主要動だけを感じていたのだ。
初期微動を実際に体験すると、地学の教科書に書かれている大森公式をすぐに思い出した。その場所で観測された初期微動継続時間の7倍程度の距離が震源になるという公式だ。初期微動継続時間はおよそ10秒くらい続いたと思った。とすると、震源はその7倍の70kmくらいの距離になる。京都と奈良の府県境にある私の自宅から半径70kmくらいの円を頭に描いてみた。もし西側なら、それは大阪の向こうの神戸や明石のあたりになる。
テレビを直ぐにつけたら、当初は大阪の被害ばかりが報道されていた。それでも筆舌に尽くしがたいほどの被害だったが、神戸は、情報さえ出てこないほどの酷い状況だったのである。
神戸のその知人と連絡が取れたのは数日後だった。地震直後、足の踏み場もなくなった家の中で、家族の命に別条がないことを確認すると、病棟の看護師長でもあった彼の妻は急ぎ病院に向かったという。その後にこの夫婦が目の当たりにした光景については本稿では書ききれない。
直下型地震の恐怖
2011年に東日本大震災があったことで、南海トラフなどの海溝型の地震が警戒されている。一方、兵庫県南部地震の震源である野島断層は、海溝を形成するプレート境界の断層と比べると非常に小さい。だから、地震の総エネルギーも、直下型地震は海溝型地震に比べて桁違いに小さく、実際、兵庫県南部地震の総エネルギーは、東北地方太平洋沖地震の数百分の1である。しかし、人々が暮らす地域のすぐ直下で発生する直下型地震は、その地にダイレクトに非常に大きな揺れをもたらす。そのため、震源近くでは震度7の強烈な地震が起こりうるのだ。
一方、海溝型の地震は、非常に大きな断層が動くために桁違いに大きなエネルギーを放出し、大きな揺れが続く時間も長い。ただ、人々が暮らす地域からは距離が離れているので、その間にエネルギーが少し減衰してくれるため、震度7は海溝に近い海沿いの地域に限られる。また、海溝型地震では、人々が暮らす地域まで少し距離があるので、緊急地震速報が間に合うが、直下型地震の場合、最も揺れの激しい地域に対しては、緊急地震速報は間に合わない。
また、海溝型地震の震源は、トラフと呼ばれるものも含め、当然、海溝付近に限られるが、直下型地震は日本列島のどこで起こっても不思議ではないのである。
世界全体のマグニチュード6以上の地震の20%以上が日本で起こっている。このような地震大国・日本において、命を守る防災・減災のために何よりも大切なことは、建物や家具などの下敷きにならないことだ。頭を打つなどの圧死を避けるだけでなく、足が下敷きになって動けなくなってしまうと、その後に迫ってくる、火災や津波からも逃げられなくなってしまう。とにかく、地震による大きな揺れを何とかやり過ごすこと、そして、その後の火災や津波から逃げ切ることが重要なのである。
1948年の福井地震をきっかけに1949年に気象庁は震度7を設定した。それまでの最高は震度6だったが、福井地震はその想定を超える揺れだったからだ。そして、実際に最初に震度7が記録されたのが、まさに上記の兵庫県南部地震である。そして、最も直近で震度7が記録されたのは昨年(2024年)1月1日の能登半島地震だ。
この兵庫県南部地震と能登半島地震の間に、海溝型地震である東北地方太平洋沖地震を除くと、震度7を観測した地震は4回あった。そして、その内の2回は2016年の4月14日と16日に相次いて起こった熊本地震だ。