SPDと緑の党は、38年までに脱石炭を実現する方針だ。CDU・CSUはエネルギー政策に関する提言書の中で、「現在運転中の石炭火力発電所や褐炭火力発電所を廃止する際には、容量を代替する天然ガスまたは水素火力発電所が確保されることが条件」と明記している。つまり代替発電所が確保されない場合、脱石炭が38年以降にずれ込む可能性も示唆している。
CDU・CSUは、欧州議会が決めた、「35年以降は内燃機関の新車の販売を原則として禁止する」という法律の撤回を提案している。さらにショルツ政権が24年1月1日に施行させた、暖房の脱炭素化のための「建物エネルギー法」も撤回するという公約をマニフェストに明記した。これらの提案は、いずれも緑の党にとって受け入れがたい政策である。
安全保障政策でも、対立点がある。メルツ党首は、ウクライナ政府が要請しているドイツ製巡航ミサイル・タウルスの供与に賛成しているが、SPDのショルツ首相が率いるハト派勢力は、「タウルスの供与はロシアから交戦国と見なされる恐れがある」として反対している。
メルツ次期首相にとって難題が山積
メルツ氏には、時間をかけて連立交渉を行う余裕はない。直ちに取り組まなくてはならない経済・安全保障に関する難題が山積しているからだ。ドイツの実質GDP成長率は23年、24年と2年連続でマイナスだった。
トランプ政権が矢継ぎ早に打ち出す関税攻勢は、貿易大国ドイツの停滞をさらに深刻化させる危険がある。トランプ大統領が自動車に対する関税を予告していることは、ドイツの産業界に強い不安をもたらしている。メルツ氏は、企業に対する税金や社会保険料負担の引き下げを通じて企業の競争力を改善させることによって、GDP成長率を2%に回復させると国民に約束している。
だが工業生産額の減少、自動車業界の未曽有の危機、企業倒産数や失業者数の増加により、ドイツ人の不安は強まっている。メルツ氏が、「欧州の病人ドイツ」を健康体に回復させることができるかどうかを、欧州の他の国々も見守っている。
またこの国では「ウクライナ戦争が、欧州大戦に拡大するのではないか」という懸念が強まっている他、トランプ政権が停戦交渉をめぐって、ウクライナと欧州を蚊帳の外に置いていることも、ドイツと欧州の先行きに強い不透明感を与えている。
政局の次の焦点は、メルツ氏が、強い政策運営能力を持った政権を迅速に作り上げることができるかどうかだ。21年の連邦議会選挙では、CDU・CSUとAfDの得票率の間には、13.8ポイントの差があった。今回の選挙では、その差が7.7ポイントに縮まった。
メルツ氏が国民の期待に沿えなかった場合、AfDのヴァイデル氏の「次の選挙ではAfDがCDU・CSUを追い抜く」という予言が現実化する危険もある。メルツ氏には、勝利を祝っている時間はない。
