連立交渉は難航か
CDU・CSUの28.5%という予想外に低い得票率は、メルツ氏の連立交渉を難しくする。メルツ氏は、選挙前に「二党連立が理想」と語っていた。しかしドイツの論壇では、「CDU・CSUとSPDが連立するだけでは不十分ではないか」という声が出ている。
次期連邦議会の議席数は630で、半数を超えるには316議席が必要だ。CDU・CSUとSPDの議席数の合計は328。半数を超えるものの、安定過半数とは言い難い。13人が造反または棄権したら、過半数を失うからだ。CDU・CSU、SPDに緑の党を加えた「ケニア連立(党のシンボルカラーがケニアの国旗の色と同じ黒、赤、緑になるため)」では、413議席となり、安定過半数が得られる。
つまりCDU・CSUは安定過半数を確保するために、SPDだけではなく緑の党も加える必要に迫られるかもしれない。だがCDUの姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ゼーダ―党首は、選挙後にドイツ第一テレビ(ARD)が放映した党首討論会でも「緑の党とは連立しない」と語っており、連立交渉は難航する可能性がある。
連立交渉を難しくするのは、政策の隔たりだ。最大のテーマは難民政策である。メルツ氏は、「滞在許可を持っていない外国人がドイツ国境に到着し、そこで『亡命を希望する』と言っても、国境で追い返す」と主張している。これに対し、SPDと緑の党は「亡命希望者を国境で追い返すことは、憲法とEU法に違反する」と反対している。
財政規律も大きな対立点だ。ドイツ連邦政府は憲法の規定により、国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁じられている。この規則は債務ブレーキと呼ばれる。
SPDと緑の党は債務ブレーキを修正して、ウクライナ支援や軍備拡張、エネルギー転換などのための投資については、新規国債の発行を可能にするべきだと主張している。CDU・CSUは、債務ブレーキの変更に反対している。メルツ氏は、長期失業者に対する援助金など社会保障費用を減らすことによって、新たな財源を生み出すと説明している。
さらにデリケートなテーマが、社会保障だ。メルツ氏は選挙戦では、公的年金制度の改革について多くを語らなかった。有権者に痛みをもたらす改革だからだ。ショルツ政権は、インフレ率および賃金の上昇に合わせて、ここ数年は毎年公的年金の支給額を増やしてきた。だが経済学者の間では「ベビーブーマー(団塊の世代)が定年退職しつつある現在、公的年金制度を抜本的に改革することは不可欠」という意見が有力だ。
このためメルツ氏は、今後公的年金の支給額の伸び率を抑えるなどの措置を打ち出すとみられている。SPDと緑の党は、社会保障サービスの切り詰めには反対している。
エネルギー政策でも隔たりがある。CDU・CSUは原子力回帰の方針を打ち出し、23年に停止された最後の3基の原子炉の再稼働が経済的・技術的に可能かどうかについて調査することや、小型モジュール原子炉(SMR)など次世代原子炉の研究開発に力を入れると宣言している。緑の党は原子力回帰に反対している。SPDは緑の党ほど原子力ルネサンスへの反対姿勢を明確に打ち出していないが、原則として脱原子力に賛成している。