こうした支援を活用しながら、成功モデルを生み出し、日本の創薬市場の魅力度向上を目指す。
現状、日本の創薬ベンチャー数は、米国に比べてまだかなり少ないが、製薬企業発のベンチャーは徐々に増えつつあり、「全体的に製薬業界がオープンな雰囲気に変わってきたと感じる」と前出の三宅氏は言い、こう続ける。「創薬力を低下させないためには、日本で研究開発できる場を残しておかなければならない。そんな思いで、米国ではなく日本を創業の地に選んだ」。
また、失敗に対する恐怖心は誰もが持っているものだが、「米国は失敗を経験として買う文化がある」(同)という。失敗に寛容な土壌を構築することは、日本のあらゆる業界で必要だろう。三宅氏のような前向きな決断を下す経営者の意思が生かせる体制を、日本でいかに育てていくかが問われている。
日本の強みを生かし
ボストンに続け
ボストンに続くべく、日本でも創薬エコシステムクラスターが生まれ始めている。川崎市のiCONM in collaboration with BioLabsは、米大手インキュベーターのBioLabs社と連携した施設で、22年6月に開業し、創薬ベンチャーが入居。施設を運営する川崎市産業振興財団のサイトディレクターの厚見宙志氏は、施設の特徴をこう解説する。
「BioLabs社とのつながりを生かしてグローバル展開への支援も行う。また、創薬ベンチャーが成長して広いスペースが必要となった場合に備えて、周辺に場所を提供できるよう川崎市と検討中。こうした取り組みができるのは、自治体の関与が深いからこその強みだ」
そして、藤沢市にある大規模創薬エコシステムクラスターが冒頭に紹介した湘南アイパークである。地上10階建ての研究棟が5つ並ぶ、巨大なオープンイノベーション拠点だ。 18年4月に武田薬品の研究所を一般に開放することでオープンし、今では、製薬企業やバイオ、AIなど125社が入居し、2500人以上が常駐。このうち4割がベンチャー企業だ。
前出の藤本氏は、湘南アイパークの強みをこう語る。
「一つ屋根の下に多くの人々が集う湘南アイパークには、国内でも有数な研究者クラスターができている。実際に24年度の企業間の業務提携は約2200件に上る。また、ここから新規企業が生まれている実績もある。実用化に結びつく成果が生まれるのはまだ先だが、前向きな動きが見えてきたのは好ましい傾向だ」
新規モダリティーへの移行の遅れに懸念がある日本の医薬品業界だが、それでもまだ希望はあると藤本氏は言う。
「革新的新薬を生み出す力のある製薬企業を持つ国はアメリカ、イギリス、スイス、ドイツなど、世界的には多くない。その中に日本も入っており、力のある製薬企業が複数ある。これは大きなアドバンテージだ。質の高い研究をしているアカデミアも全国に多数ある。例えば小野薬品工業の抗がん剤『オプジーボ』は京都大学の本庶佑先生が発見したメカニズムを利用してできた医薬品だ」
近年も、第一三共の乳がん等治療薬で世界的にも評価の高い「エンハーツ」など、インパクトを与えるグローバル製品が生まれている。日本に高い研究開発技術があることの証左だろう。しかし今後は、韓国や中国などの追い上げを覚悟しておかなければならない。過去のレガシーに甘んじることなく、今後も創薬力向上に努めるべきだ。
加えて、藤本氏は日本の強みをこう話す。
「日本人には長期的視点で物事を育む気質があり、競争ではなく、皆で知見を分け合って協力する土壌がある。これは、腰を据えて取り組まなければならない医薬品業界の中でも生かせる大きな強みだ。欧米のダイナミズムを意識しつつも、日本人、日本企業の特性をうまく生かせば、まだまだ日本は世界と伍して戦えるはずだ」
医薬品産業は、日本人の健康増進や長寿を担う重要な産業である。国は日本を「創薬の地」にすると宣言した以上、力のある製薬企業や創薬を担う優秀なプレーヤー、アカデミアの力を統合し、再び日本が「創薬大国」となるよう、この業界を取り巻く環境整備に最善を尽くしていかなければならない。
