三つ目は、ロシア側がトランプ大統領のメンツをつぶさないよう周到に配慮している点だ。電話会談では、中東・紅海情勢、核不拡散での協力とともに、経済・エネルギー分野での紐帯強化への取組みで合意を得たとされる。これにつき両国政府の発表は符号しており、単なる外交チャンネルの正常化を超え、重層的な二国間関係を目指すことが示し合わされたことになる。
さらに、プーチン大統領からは、アイスホッケーのロシアを中心とするコンチネンタル・リーグ(KHL)と北米プロリーグ(NHL)でプレーする米露選手による試合を両国で開催する提案がなされたという。スポーツの分野でもロシアは米国との友好関係を回復しようとしている。
プーチンにとっては「千載一遇のチャンス」
このようにロシア側がトランプ大統領に秋波を送るのは理由がある。プーチン大統領は、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を非現実的と公言し、ウクライナの安全保障に対し米国支援をコミットしないトランプ政権の発足を『千載一隅のチャンス』と捉えているからだ。
加えて、ロシア経済は、巨額の軍事財政支出により軋みが生じ始めている。ロシア市場では、顕在化する労働力などの供給不足に伴いインフレや金利が異常高騰しており、その雲行きはかなり怪しくなっている。
2年後の米中間選挙で状況が変わる前に、トランプ大統領から、大規模な経済制裁の解除を引き出せるのであれば、これを着実に進めたい……。プーチン大統領はこのように考えているだろう。
新たな経済分野の交渉人
こうした思惑の下、プーチン氏が登用したのが、ロシア政府系ファンド「ロシア直接投資基金(RDIF)」総裁のキリル・ドミトリエフ氏だ。2月18日、サウジアラビアでの米露高官協議に際しては、ラブロフ外相、ウシャコフ大統領補佐官とともにロシア側の代表団に加わった。2月23日には、外国との投資・経済協力を担当とする大統領特別代表に任命され、経済分野に関し米国との折衝を担うキーパーソンに名実ともに浮上している。
旧ソ連キエフ生まれで現在、49歳のドミトリエフ氏は14歳のときに両親の米カルフォルニアの友人宅に送られ、ホストファミリーと本人の意思により、フットヒル大学に入学、その後、スタンフォード大学、さらにハーバードビジネススクールで教育を受け、ベイカー・スカラー(成績上位の学生に与えられる最優秀生徒賞)を得てMBAプログラムを修了している。
投資銀行ゴールドマンサックス、一流コンサルタント・マッキンゼーで勤務した後、モスクワに戻り、ロシアのプライベート・エクイティ・ファンドの先駆けとなるデルタ・プライベート・エクイティ・パートナーズやアイコン・プライベート・エクイティでの活躍によりキャリアを確実なものとした。プーチンの次女と同級生の妻と結婚し、2011年からはRDIF総裁に就任、中東のソブリンウェルスファンドとの共同投資等を通じて、ロシアへ外国投資を呼び込む経済外交の旗振り役として瞬く間に台頭。ウクライナ侵攻前からプーチン氏の経済・金融分野の「懐刀」として機能してきた。
筆者は、ロシアが毎年6月に開催してきたサンクトペテルブルグ国際経済フォーラムにおいて、ドミトリエフ氏が最も重要なパネルセッションを担当する様子を幾度となく見てきたが、巧みな英語力と高度な金融知識を駆使して、切れ味鋭くパネリストの議論を収斂させる手腕に驚いた記憶がある。ドミトリエフ氏は、生き馬の目を抜く米国の金融・エクイティファンド市場のあり様をロシアに移植してきた新生ロシアの申し子ともいえる存在だ。
