2025年12月5日(金)

プーチンのロシア

2025年4月1日

ロシアの停戦交渉の狙い

 こうした経歴と能力を有するドミトリエフ氏は、トランプ氏が標榜する実利的な「ディール外交」に付け入るにはうってつけの交渉人といえる。そして、ロシア側が想定する具体的なディールの対象とは、レアアースや北極圏でのエネルギー共同事業などの経済分野の協力、ひいては経済制裁の解除だ。

 トランプ大統領は、ウクライナへの軍事支援の見返りを求めるかのように、ウクライナのレアアースを含む鉱物資源による収入の一部を米国が管理することを定めた天然資源協定の締結に強い意欲を示してきた。これを踏まえ、プーチン大統領は、ロシア国内やウクライナのロシア占領地に埋蔵されるレアアースの採掘を米企業と共同で進める用意があることや、米国市場がロシアに対し再び開放されれば、ロシア企業は年間最大200万トンのアルミニウムを米国に供給できると表明している。ドミトリエフ氏は、2月18日、リヤドにおいて、米国とロシアは北極圏やその他の地域を含めエネルギーなどの共同事業を展開するべきだと主張した。

 こうした経済分野の協力を進める過程において、ロシアがトランプ大統領から引き出したいと考えているのが、経済制裁の「一部あるいは包括的な解除」であろう。目下、バイデン前政権が退任間際に行った、大統領令に基づくロシア制裁を、対露制裁法(CAATSA)を根拠とする制裁措置に置き換える「制裁再指定」により、制裁解除には米議会の承認が必要となっている。

 こうした米議会の承認プロセスを公然として無視し、一部あるいは包括的な経済制裁を解除する大統領令を発することができるのは、トランプ大統領しかいないとロシアは考えている可能性がある。なぜなら、トランプ氏は2月15日、自身の交流サイト(SNS)「トゥルース・ソーシャル」に、仏ナポレオンのものとされる言い回しを引用し、「国を救うものはいかなる法律も犯さない」と投稿し、国を救う動機があれば広範な行政権を主張することは問題ないという見解を公然と示唆しているからだ。

KGBの手法も活用

 3月25日、ウクライナとの黒海の安全航行確保に関する合意に関し、露政府のクレムリンサイトは、その合意が発効するための条件として、①ロシア農業銀行など食料貿易に関わるロシア農業銀行などの制裁解除と「国際銀行間通信協会」(SWIFT)への復帰、②食料貿易に関与するロシア船への制裁解除、③ロシアへの農業機械や食料生産関連製品の供給制限解除などの実現を付きつけた。こうした停戦に向けた合意形成の過程においても、ロシア側は、米国に制裁解除を要求していくだろう。

 米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のマリア・スネゴワヤ上級研究員は、ロシアによるトランプ氏に対するアプローチには、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)が、協力者にさせようと狙った人物の信頼を得るため相手の言動を真似る「ミラーリング」に似た手法が反映されていると指摘する。プーチン大統領は、2020年の米大統領選でトランプ氏が「勝利を盗まれていなければ、22年にウクライナ危機は起きなかっただろう」とトランプ氏の発言をなぞらえた。

 筆者は、和平協議への道のりは明らかに容易でないが、ロシアがトランプ大統領を取り込もうとする戦略や制裁解除の動きとともに紆余曲折しながら進展するのではないかとみている。当面、ウクライナ情勢から目が離せない日々が続く。

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