
サラ・レインズフォード東欧特派員
ミサイル発射車が茶色いほこりを空中に巻き上げながら、発射ラインに向かって荒野を走っている。数秒後、兵士のカウントダウンが始まった。「発射!」の掛け声とともに、ロケット弾がごう音を立てて空へと放たれた。
こうした軍事訓練の爆発音やごう音は、近くの小さな町ミュンスターの住民にとって、もはや日常の一部となっている。
しかし、ここでの生活はさらに騒がしくなる見込みだ。
ドイツ連邦議会はこのほど、防衛費を厳しい債務規則の適用除外にすることを決定した。これにより、ドイツ連邦軍は大規模な投資増の許可を得た。
連邦軍総監のカーステン・ブロイヤー将軍はBBCに対し、ロシアの侵略がウクライナで止まらないと考えているため、予算の増加が緊急に必要だと述べた。
「我々はロシアに脅かされている。プーチン(大統領)に脅かされている。これを抑止するために必要なことは何でもしなければならない」とブロイヤー将軍は語る。ブロイヤー将軍は、北大西洋条約機構(NATO)は4年以内の攻撃に備えるべきだと警告している。
「こちらがどれだけの時間を必要とするかではなく、プーチンが我々に準備する時間をどれだけ与えるかが重要だ」と、ブロイヤー将軍は率直に述べ、「そして、早く準備が整うほど良い」と付け加えた。
転換点
ロシアのウクライナ全面侵攻は、ドイツにおける考え方を根本的に変えた。
ドイツの人々は自分の国がかつてヨーロッパの侵略者として果たした役割を痛感し、数十年にわたって軍事力を拒絶してきた。
米シンクタンク「ジャーマン・マーシャル財団」のベルリン支部に所属するマルクス・ツィーナー氏は、「我々は2度の世界大戦を引き起こした。第2次世界大戦が終わってから80年が経過したが、ドイツ人が紛争に関与すべきではないという考えは、多くの人々のDNAに深く刻まれている」と語る。
今でも軍国主義と見なされる可能性のあるものに警戒する人々がいる一方で、ドイツ軍は慢性的な資金不足に陥っている。
「本当に正しい方向に進んでいるのか? 脅威の認識は正しいのか?」と警告する声もある。
ロシアに関しては、ドイツは特定のアプローチを取ってきた。
ポーランドやバルト諸国のような国々がロシアに近づきすぎることに警戒し、防衛費を増加させた一方で、アンゲラ・メルケル前首相下でのドイツはビジネスを信じていた。
ドイツはじわじわと民主化を浸透させて実現に向かっていると考えていたが、ロシアは資金を受け取ると、どのみちウクライナに侵攻した。
これを受け、オラフ・ショルツ首相は2022年2月、国家の優先事項が変わる「ツァイテンヴェンデ(時代の転換点)」だと宣言した。
ショルツ氏はこの時、軍事力を強化し、「プーチンのような戦争屋」を抑え込むために1000億ユーロを投入すると約束した。しかし、ブロイヤー将軍はそれでは不十分だと言う。
「少しだけ穴を埋めたが、本当にひどい状態だ」と、ブロイヤー将軍は語る。
また、ロシアがドイツとは対照的に、武器や装備に多額の支出をしているとブロイヤー将軍は指摘。これはウクライナの前線だけでなく、備蓄にも及んでいるという。
さらに、ロシアによるハイブリッド戦争にも注目している。これにはサイバー攻撃や破壊工作、ドイツの軍事施設上空に出現する未確認のドローン(無人機)などが含まれる。
これにウラジーミル・プーチン大統領の攻撃的な言動を加えたうえで、ブロイヤー将軍は「非常に危険な混合物」を見ていると話した。
「西側諸国とは異なり、ロシアは枠にとらわれていない。平時と戦時を区別せず、連続体として考えている。ハイブリッド戦争から始め、戦闘にエスカレートし、また戻る。これが私が、ドイツが真の脅威に直面していると考える理由だ」
ブロイヤー将軍はドイツが迅速に行動する必要があると主張している。
「すべてが不足している」
軍トップによる厳しい評価は、最近議会で公表された報告書と一致している。この報告書は、連邦軍では「すべてが不足している」と結論付けた。
報告書を取りまとめた軍事委員会のエヴァ・ヘーグル委員は、弾薬から兵士、老朽化した兵舎に至るまでの、深刻な不足を明らかにした。ヘーグル氏は、改修作業だけでも約670億ユーロの予算が必要だと見積もっている。
ブロイヤー将軍は、債務上限を解除し、軍が理論上、無制限に借り入れできるようにすることで、安定した資金供給を得て、この問題に対処し始めることができると指摘する。
この歴史的な動きは、ショルツ首相の後継者と目されているフリードリヒ・メルツ氏によって性急にとりまとめられた。この提案は今年2月の選挙後、議会が解散される直前に提出された。
新しい議会は、反軍国主義の左派とロシアに共感する極右が存在し、あまり好意的ではないかもしれない。
だが、ドイツが2022年に始めた「転換」は今年、新たな勢いを得た。
調査会社ユーガヴによる最新の世論調査によると、ドイツ人の79%が、ロシアのプーチン大統領について、ヨーロッパの平和と安全に対して「非常に」または「かなり」危険な存在だとみなしていることがわかった。
ドナルド・トランプ米大統領についても、74%が同様に考えている。
この調査は、2月にミュンヘンで行われたJ・D・ヴァンス米副大統領の、ヨーロッパとその価値観を非難する演説の後に行われた。
前出のツィーナー氏は、「これは、アメリカで何か根本的な変化が起きたことを示す明確な信号だった」と語る。
「アメリカがどこに向かっているのかはわからないが、我々の安全保障に関してアメリカの保護に100%頼れるという信仰は、もはや失われた」
歴史を過去のものに
首都ベルリンでは、軍事に対するドイツ人の伝統的な慎重さが急速に薄れているようだ。
シャルロッテ・クレフトさん(18)は、自分の平和主義的な見解が変わったと語る。
「長い間、第2次世界大戦で犯した残虐行為を償う唯一の方法は、同じことが二度と起こらないようにすることだと考えていた。そして、非軍事化が必要だと思っていました」とクレフトさんは説明する。
「しかし、今では価値観や民主主義、自由を守るために戦わなければならない状況にある。私たちはそれに適応する必要がある」
「軍事への大規模な投資にまだ違和感を覚えるドイツ人は多い」とルートヴィヒ・シュタインさんも同意する。「しかし、過去数年に起こったことを考えると、他に現実的な選択肢はないと思う」。
若い母親のソフィーさんは、防衛への投資が「今の世界では必要だ」と考えている。
しかし、ドイツには戦車だけでなく兵士も必要だ。ソフィーさんは、自分の息子が軍に入隊することにはあまり乗り気ではないという。
「戦争の準備はできているか」
ドイツ軍の常設募兵センターはたった一つ、ベルリンのフリードリヒ通り駅のそばの薬局と靴屋の間に挟まれた小さなものだけだ。
窓には迷彩服を着たマネキンが並び、「クールでスパイシー」といったスローガンが掲げられており、男女を問わず入隊を呼びかけているが、1日あたりわずかな人しか訪れない。
ドイツはすでに、兵士の数を2万人増やして20万3000人にし、平均年齢を34歳から引き下げるという目標を達成できていない。
しかし、ブロイヤー将軍はもっと多くを望んでいる。
ブロイヤー将軍は、ドイツが自国とNATOの東側の防衛を十分に行うためには、兵士をさらに10万人増やし、予備役を含めて合計46万人にする必要があると述べた。そのため、兵役への復帰が「絶対に」必要だと強調している。
「この10万人を確保するには、何らかの徴兵制度が必要だ」と、ブロイヤー将軍は述べた。
「どのモデルがこの人数をもたらすかを今決める必要はない。私にとって重要なのは、兵士を確保することだけだ」
この議論は始まったばかりだ。
ブロイヤー将軍が、ドイツの「転換」をさらに迅速に進める動きの最前線に立っていることは明らかだ。
彼はその親しみやすい態度で、地域の集会を訪れ、住民たちに「戦争の準備はできていますか?」と問いかけるのが好きだ。
ある時、女性から、怖い思いをさせていると非難された。ブロイヤー将軍は、「怖がらせているのは私ではなく、あの男だ!」と答えたことを覚えている。
あの男とは、プーチン氏のことだ。
ドイツでは今、ロシアの脅威と、孤立主義的で関与しないアメリカという、二重の「目覚まし」アラームが大きく鳴り響いており、これを無視することはできないと、ブロイヤー将軍は主張する。
「今や、私たち一人ひとりが変わらなければならないことが理解できるだろう」
(英語記事 Germany decides to leave history in the past and prepare for war)