この熱き人々

2014年4月9日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

86枚の刃をもつ鋸で木材に正確なV字の切れ目を入れる

 店を閉め、その日から、お客さんが見て喜んでいた箱を作り始めた。

 「木のことは知っていても、あの箱は表面しか見てないさかい、板の厚みはどうなっているのかわからん。3ミリか5ミリか。作って失敗して、なんで失敗したんか考えてまた作り直して。師匠おらんもの。一つ一つ自分で探り当てて、イチから覚えていくしかない。頭のいい人は勉強したがるけど、五感で感じ、自分の頭で考え、手で覚えたほうが身につくと思うよ」

 いまや他の追随を許さない挽曲技法も、建具職人のときに欄間を作る道具として持っていた86枚の刃の付いた円形の鋸から生まれた。これで面白いものができるかもしれない。一つ一つの刃が2等辺三角形で、両斜辺が刃になっていて、挽くとV字の切れ目ができる。挽き目がV字になることで、隙間なく板を曲げることができる。03年、第50回日本伝統工芸展でNHK会長賞を受賞した神代楡挽曲造食籠(じんだいにれひきまげづくりじきろう)の、円形に近いなめらかな22角形はこうして出来上がった。目立て職人がいないから、自ら刃にやすりをかける。86の三角形のすべての頂点が一点を通るように自分の手と目で確かめながら道具を整える。0.01ミリでもずれたら挽き目が狂う。美しい造形がかなわない。

円形に近い穏やかな曲面が美しい 神代楡挽曲造食籠

 「指物と言ったら伝統工芸の展覧会がすべてみたいなことを言う者もいるが、それは違う。100種類以上あるんや。何やってもいい。国道ばっかり走ろうとせんで、県道でも町道でも農道でも、走ってみればいい。走って面白い道やったら、そこを走っていけばいい。戻りたければ戻ればいい」

 そのように灰外も生きてきた。寄り道はしても、それは自分の心の求めたこと。寄り道だろうと全力で走るけれど、決して道に縛られることはない。何よりも心が自由でいたい。灰外が頑固なまでに守り続けているものが伝わってくる。

 「作品を作っている時間は楽しいかとよく聞かれるんやけどな、そんなこと意識したことがないけえわからん。でも続いているということは木が好きなんやろうなあ」

 離れの仕事場は、木工芸作家の工房というより、職人の作業場といった殺風景なたたずまいで工具類が並んでいる。あまり外に出ないという灰外は、裸足にわら草履で一日の大部分をここで木と向かい合って過ごす。樹木が、根元に積もった雪を溶かすように、灰外の体からも目に見えない熱が放射されているのかもしれない。作業台の片隅に小さなぐい呑みがポツンと1つ。切れ端で作ったのだろうか。灰外の木に寄せるやさしいまなざしを見たような気がした。

(写真:佐藤拓央)

灰外達夫(はいそと・たつお)
1941年、石川県生まれ。56年から建具の製作に携わり木工芸の技法を習得、77年から創作活動に入る。80年には日本一の大皿焼き上げに成功、ギネス世界記録に認定された。木材の薄板に切れ込みを入れ環状に曲げる挽曲技法の第一人者。2012年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

◆「ひととき」2014年3月号より

 

 

 

 


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