2024年11月22日(金)

ルポ・少年院の子どもたち

2014年4月7日

 そんな彼らに茂木肇指導一課長は「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE 前を向いて歩いて行け!」。また、卒業生が高校1年生で退学するケースが多いため、高校2年の秋口に行く修学旅行まで頑張れば卒業できるという願いを込めて「必ず修学旅行は行けよ」と伝え、定時制高校を選択した生徒には「何年かかってもいいから,高校へ籍だけは置いておくように」と伝えたそうだ。

「寝食を共にする」生活の中で

 卒業生に贈る言葉を伝えた茂木も茨城学園で生徒を送るのはこれが最後の年になる。4月1日からは福祉職員としての原点となった児童養護施設に移る決断をした。その理由を尋ねると「茨城県だけではありませんが、いま児童養護施設が大変な状況になっています。入所児童たちが権利とわがままを完全に勘違いして崩壊状態になっているところも少なくありません。私は温かかった頃の児童養護施設を知っているだけに22歳の頃の原点に戻って、恵まれない境遇にある子どもたちが、安心して生活できる学園づくりにチャレンジしたいと思ったからです」と茂木は答えた。(詳しくは「『囲い』のない児童自立支援施設 子供たちを「環境に負けない人間」に育てる(前篇)」をどうぞ)

 22歳で福祉職員としてスタートして以来、茂木は長年子どもたちと向き合い続けてきた。それはまさに「寝食を共にする」という言葉通りの生活であった。それを物語る子どもとの話を聞かせてくれた。

 「茨城学園が小舎夫婦制だったときに入所していた子で、私が30歳で長男が乳飲み子だった頃のことです。当時はまさにスクールウォーズ(TVドラマ)の時代で、各中学校で暴れ回っていたり、暴走族に入っていたり、そんな奴らばかりがずらっと揃っていた頃です」

 「そこに一人だけ小学校3年生の『英吾(仮名)』という男の子が入所しました。実の母親から虐待を受けて家出徘徊し、万引き等を繰り返していた子です。当時は小舎夫婦制ですから、私たち夫婦は生徒たちと一緒に生活をしていました。部屋の境も取っ払って出入りも自由にしていたのです。ですから生徒たちは勝手に台所に入って来ては妻の作るご飯をつまみ食いしたり(笑)、そんな生活でした」

 「ある日の夕方、妻が長男をお風呂に入れていたのですが、浴室の入り口で『英吾』がその光景をじっと見つめていたのです。実の母から虐待を受けていた『英吾』はどんな思いでわが子と入浴している妻を見つめていたのでしょうか……。私は『どうした英吾?』と声をかけました」


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