2025年12月21日(日)

オトナの教養 週末の一冊

2025年4月30日

 仕事に対する情熱を示す部分では、吉田氏は死にものぐるいでやっていると、助けてくれる人がいるというエピソードを紹介する。ヨシダソースの躍進の背景には会員制卸売りスーパーマーケット「コストコ」との縁があったが、コストコは無名時代の吉田氏を対等のパートナーとして扱ってくれたという。試食品を大量に持って行くのにソースを買ってくれない女性に食い下がってなんとか商品を買ってもらう吉田氏の姿を見ていたコストコの社長は、吉田氏の粘りを見てこういったという。

「素晴らしいパッションだ。君のようなパッションをみんなが持っていてくれていたら、私は大成功する」

 そして吉田氏のことを「クレイジー・ヨシ」と呼び、世界中の店舗にヨシダソースを置いてくれたという。自分の夢を死ぬ気で信じれば、必ず夢を一緒に見てくれる人が現れるという例であり、多くのビジネスパーソンの参考になるだろう。

「豆腐アドベンチャー」が見せる〝生き方〟

 最後は『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』(清水建宇著、岩波新書)である。著者は朝日新聞の記者出身で、テレビ朝日の『ニュースステーション』のコメンテーターも務めた清水建宇氏であり、番組に出演していた姿をご記憶の方も多いだろう。

 清水氏は定年を機に、以前取材で訪れて気に入っていたスペイン・バルセロナで豆腐屋を開業して第二の人生を過ごそうと考え、実際に行動に移す。ジャーナリストから海外での豆腐屋経営という人生の急展開だが、清水氏の心の中には、雑誌編集の仕事を通じて知った伊能忠敬の生き方への並々ならぬ関心があった。

 有能な事業家として前半生を過ごし、後半生を地図づくりに捧げるという二つの人生を充実させた生き方である。著者はこう記す。

前半生と後半生の生き方は、あくまでも自分で選んだものであり、それぞれを生き切って、みごとに夢を成し遂げた。だから、高齢化社会にあって、忠敬が輝くのだ。

 豆腐作りを学ぶために豆腐屋に弟子入りし修行を重ねた。スペイン語も勉強した。事前に国内で準備できるものは徹底した事前調査に基づいて入念に進めた。

 現地に渡ってからの奮闘の様子もリアルに描かれる。練達のジャーナリストらしく、自分や自分の周辺をしっかり取材して達意の文章で記録した内容からは、取材者としてのスピリットがいささかも衰えていない様子がにじみ出る。

 長女が命名した「豆腐アドベンチャー」に伴走し、寄り添ってくれたのが愛妻の美知子さんだった。現地では店を切り盛りし、客足が減って時に弱気になる著者を支えた。その夫婦のきずなと病床にあった美知子さんが旅立つまでの日々が最終章の「カミさんと私」で感動的に描かれる。著者は最後にこう結ぶ。

カミさんと私は、バルセロナで豆腐屋になったことで、もしかしたら生身の人間が望み得ない長い「いのち」を手にしたのかもしれない。遺影に手を合わせながら、そんなことをときどき考えている。

 本書は定年後の人生をいかに生きるべきか一つのモデルを示してくれるとともに、夫婦で切り開いた「人生アドベンチャー」のすばらしさについても教えてくれる本である。

 以上、それぞれタイプは異なるが、読む人の目に留まり、少しでも印象に残る箇所があれば、少し立ち止まって人生を考えるきっかけになるかもしれない。いずれもじっくりと読みたい3冊である。

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