「軍事力による強制(こん棒)、経済的な報酬(ニンジン)など従来のハード・パワーに代えて、国が持つさまざまな魅力で他国を惹きつけ、アメリカへの憧憬を抱かせて超大国の地位を維持する」(「アメリカの世紀は終わらない」、2015年、日本経済新聞社)という考え方だ。 「北風と太陽」に似ている。
氏はその後、この思考を深化させ、時にはハード・パワーとソフト・パワーを融合させて「賢く生かすスマート・パワー」という概念を編み出した。この戦略は、米国の中東政策、とくに対イラン政策などのバイブルともなり、オバマ政権でのヒラリー・クリントン国務長官が、指名公聴会で「スマート・パワー」を繰り返し口にしたのは知られている。
ナイ氏に筆者がインタビューした時のことについても触れたい。ちょうど30年前の1995年9月、ハワイ・ホノルルで開かれた第2次世界大戦終結50年記念式典。クリントン大統領、ペリー国防長官(いずれも当時)にナイ氏も同行していた。
インタビューの中で氏は、次の50年も日米関係は盤石であること、中国は封じ込め政策ではなく対話による関与政策を進めるべきとして、ソフト・パワーの実践を強調した。暑さにもかかわらず、スーツを着用、笑みを浮かべながらの応答ぶりは、物静かな紳士という印象だった。だれにでもそういう挙措をみせる人だったという。
パワー、同盟国と分かち合って効果
もっとも、ソフト・パワーはアメリカ一国では十分に効果を発揮し得ない。同盟国との連携こそが重要というのが、ナイ理論のもう一つのポイントだ。
「アメリカのピークは(世界経済の半分を占めていた)1945年から70年」(「アメリカの世紀は終わらない」)だったとしながら、欧州、インド、日本、ブラジル、中国も含めた各国とパワーを分かちあうことができるか検証すべきだと主張する。
こうした戦略の中で、21世紀に向けた日米同盟の強化が検討されたのは自然な流れだった。 日米安保共同宣言の取りまとめで、氏は実現に主導的な役割を演じた。
台頭する中国、北朝鮮への脅威を念頭に置いた共同宣言では、米軍の日本防衛が再確認され、日本の安全を脅かす事態(周辺事態)への対応能力の向上などが謳われた。あわせて安全保障、政治分野に限定せず、救難活動など地球的規模の課題における協力も盛り込まれた。
これこそ、ソフト・パワーを同盟国と分かち合うことの実践だったというべきだろう。
