グローバルな日米同盟めざす
日本勤務の経験も日本語も解さないナイ氏が、対日関係に関与していった契機、動機などは明らかではないが、中国の急速な台頭への警戒感と、ハーバード大学の同僚で知日派、エズラ・ボーゲル教授(2020年死去)の影響ではないかとみる向きもある。
ナイ氏はアーミテージ元国務副長官らと共同で、日米関係に関するリポート(アーミテージ・ナイ報告)を1990年以降6度にわたって取りまとめた。いずれの報告も日米同盟をアップデート、最新の世界情勢に合致させる内容で、日本の集団的自衛権行使容認など大きな政策変更を結果的に後押しした。
2024年4月に公表された第6回報告では、中東での日本のプレゼンス向上などアジア太平洋の枠を超えたグローバルな同盟実現を目指すことが盛り込まれた。
同盟国との協調を掲げながらも、氏は一貫して「21世紀もアメリカは超大国であり続ける」という強い信念を抱き続けた。
「アメリカは(太平洋戦争が始まってからの)100年後、2041年も グローバルな勢力図で中心的な役割を果たしているだろう」と確信。中国や欧州、日本、インドなどがアメリカを凌駕する可能性は少ないと見通している。
中国については、金融市場の規模、技術力、軍事力においてなお、世界のリーダーになりえるには不十分と分析、日米同盟も存続すると予測する。この確信は生涯揺らぐことはなく、それが氏の外交論の機軸をなしていた。
アメリカの長期低落を指摘した『大国の興亡』の著者で英国の歴史学者、ポール・ケネディ氏の理論と対極をなすものだった。
トランプ大統領を強く批判
同盟国軽視、高圧的な外交を展開するトランプ政権に対して、生前のナイ氏は当然ながら厳しい評価をしてきた。
死去の前月、フィナンシャル・タイムズのコラムで、「トランプ氏の尺度では、戦後の秩序やルール、制度や同盟国は、アメリカを不公正貿易に引き込み、費用負担だけさせてきたことになる」「ニューヨークの不動産業者として、交渉人を自任しているが、アメリカが得てきた恩恵を忘れている」など軽侮するような表現すら交えて論駁した。
ナイ氏自身、「アメリカは(トランプ任期の)4年間、困難に陥る」と予測しているが、フィナンシャル・タイムズは、ナイ、アーミテージ両氏の死去などアジア人脈が次々表舞台から消えていくことについて、「長期間にわたって悪影響が残るだろう」(デニス・ワイルダー米ジョージタウン大学教授)との悲観論を紹介している。
日本にとって「大きすぎる」などという月並みな表現で表せないほど深刻な損失だろう。
