2025年12月5日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2025年5月26日

 ロシア帝国の時代から今日に至るまで、ロシアは常に外国勢力から攻撃を受ける可能性を懸念し、「軍事力を強化しなければやられてしまう」という脅迫観念を持ち続けてきた。13世紀にはモンゴルの襲撃、近代にあってはナポレオンの侵攻、革命期にはシベリア出兵、そしてドイツの侵攻とロシアが外部勢力からしばしば干渉を受けてきた歴史がある。「ロシアの信じるのは力だけ」等と言われる所以がここにある。

ロシア特有のメシアニズムの思想

 ただもう一つ、ロシアの行動を理解する上で重要なのは、ある種のメシアニズム思想の存在である。伝統的に、ロシアは他の国々より道徳的に優位にあり、世界を救う特別の使命のある国とする思想がロシアにはある。ロシア語という言語に対し特別の地位を与える発想もこの思想と関連し、それが政治的な拡張主義と相俟っている。

 ウクライナが長らくNATO加盟を望んでいることは周知の事実であるが、08年のNATOブカレスト・サミットで、NATO全加盟国が「ウクライナおよびジョージアがNATO加盟国となることに合意した」と宣言して以来、クリミア併合が行われた14年までを含め今日に至るまで加盟を実現するための実質的な動きは何も進んでいない。要するにウクライナのNATO加盟について、NATOはリップサービス以上のものを与えていない。

 そしてロシアの優秀な外交官や情報機関がこの点につき異なる見解をもっていたとは考えにくい。つまり、ロシアのウクライナ侵攻が、ウクライナが近く NATO に加盟するかもしれないからこれを阻止するために行われたわけでないことは明らかである。ロシアによる全侵攻は、直接的にはプーチンの支配欲と長期政権の驕りが影響したと考えられる。

 ただそれだけではなく、上述のロシアに特有のメシアニズムの思想が、支配欲や驕りといった情念的要素に対し思想的な正当性を付与する役割を果たしている。13年から20年までプーチン大統領の下でイデオロギー担当の大統領補佐官を務めたスルコフ元大統領補佐官は、「ロシアの文化的、情報的、軍事的、経済的、思想的、人道的影響が、多かれ少なかれ浸透しているあらゆる場所」が「ルスキーミール(ロシア世界)」であるとした上で、ロシア人は「あらゆる方向に拡大」すると説明している。

 ウクライナは国家ではなく「人為的な政治体」であるとの位置づけはこのようなロシアの世界観にその基礎をおいている。このことは我々にとって、プーチンがいなくなれば侵略行為は終了するという楽観論に立つことができないことを意味している。

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