ロシアで第二次世界大戦の対ドイツ戦勝80周年式典が5月9日、盛大に開催された。ロシア人は「5年毎」に誕生日や結婚記念日などを祝うのが好きだ。いわんや、国家の業績や革命の記念日などは「5年計画」や「10周年」といった節目が重要とされ、旧ソ連の時代より、これが社会全体に根付いてきた。「大祖国戦争」の勝利から80周年を迎えるにあたり、プーチン大統領はさぞかし力を入れて準備を進めたに違いない。

事実、ウクライナと戦争継続中ながら、モスクワでは中国の習近平国家主席など20カ国以上の首脳が記念式典に参加し、軍事パレードでは、露軍の将兵約1万1500人とともに中国や中央アジア諸国など13カ国の軍部隊が行進。短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」といった兵器、ドローン攻撃機、軍用車両183台が展示され、その規模はウクライナ侵攻前の水準と同等と分析された。
戦勝記念式典の『外観』は従前と変わらない賑やかさを何とか取り戻してみせたといったところだろう。
「死者追悼」に加えられるウクライナ侵攻の遺族
一方、ロシア社会から見える戦勝記念式典の『内観』は、ウクライナ侵攻により大きく変容している。世論操作に長けたKGB元工作員のプーチン氏は、大統領就任後、この戦勝記念式典に大掛かりな軍事パレードを持ち込み、国民の愛国心を煽る「祝賀」のイベントにしていった。けれども、そもそも、ナチス・ドイツが旧ソ連に降伏した5月9日は、戦死者を追悼する記念日(commemoration)であり、勝利の祝賀(celebration)がハイライトされてきた訳ではなかった。
具体例をあげて説明すれば、戦争で亡くなった親族を悼む「不滅の連隊」というロシア発祥の社会運動がある。これは、戦勝記念日にあわせ、第二次世界大戦に従軍した祖先の写真や名前を掲げてロシア市民が行進するイベントで、2012年にシベリアの都市トムスクで初めて開催され、瞬く間にロシア全土に広がり、ロシア以外の旧ソ連諸国にも伝播した。
旧ソ連は第二次世界大戦で最も多くの犠牲者を出した国だ。その死者数は2700万人とされ、これは当時の旧ソ連成年男性の4人に1人が亡くなったとも試算される。旧ソ連に関係する人々にとって、5月9日は第二次世界大戦に従軍した祖先とつながる日であり、死者追悼の特別な機会なのだ。