改革の実行を阻む可能性
メルツ氏が一部の政策が火と水のように異なるSPDと連立しなくてはならなかった理由は、2月23日の連邦議会選挙でCDU・CSUの得票率が28.6%と低かったことだ。CDU・CSUの得票率はメルツ氏の目標だった30%に達しなかった。前のオラーフ・ショルツ政権に属していたSPD、緑の党、自由民主党(FDP)は全て得票率を減らしたが、減った票の大半はCDU・CSUではなくAfDに流れ、この極右政党の得票率を2021年の選挙に比べて2倍の20.8%に増やした。
つまりメルツ氏は、将来も経済政策、財政政策などに関して、市民に痛みをもたらす改革を実行しようと思っても、連邦議会での議決の際に、SPD左派の造反によって法案をブロックされる可能性がある。たとえばメルツ氏にとって最も重要な目標は、深刻な景気後退のためにドイツの実質国内総生産(GDP)成長率が2023年から2年間にわたりマイナスに落ち込んでいる中、企業の競争力と収益力を改善することだ。
メルツ氏はこの目標を実現するために、連立協定書に、法人税を28年以降毎年1ポイントずつ引き下げること、社会保険料負担の引き下げ、公的年金の引き上げ率の抑制、長期失業者のための援助金の削減などを明記させた。
SPDは労働運動を母体として19世紀に創設された政党であり、社会的弱者を支援することを党是の一つにしている。このため、メルツ氏が企業寄りの改革に関する法案を議会で可決させようとしても、SPD左派の反対によって、CDU・CSUは過半数の確保に失敗するかもしれない。5月6日の「首相落選劇」の悪夢が繰り返されるかもしれない。
SPDが原子力ルネサンスを阻止
実際、メルツ氏はある重要な政策をすでにSPDによってブロックされた。以前から彼は、11年にアンゲラ・メルケル首相(当時)が日本での原子炉事故をきっかけに、ドイツでの脱原子力を加速したことを批判していた。
このためメルツ氏は、連立協定書の中に原子力ルネサンスへ向けた重要な一歩を盛り込もうとした。CDU・CSUが準備した連立協定書の草案には、「原子力エネルギーは、電力の安定供給の確保や価格の安定化に貢献し得る。23年4月に廃止された最後の3基の原子炉を再稼働させることが、経済的・技術的に意味があるかどうかについて、原子炉安全委員会などの専門家に調査させる。専門家が調査している間は、原子炉の解体作業を中止するべきだ」という一文があった。さらにCDU・CSUは、核燃料の量が少ない小型モジュール原子炉(SMR)など、次世代の原子炉の研究開発にも力を入れるべきだと主張した。
だが連立交渉でSPDが原子力への回帰に強く反対したため、メルツ氏は連立協定書から原子力についての章を完全に削除せざるを得なかった。SPDは、「原子力への回帰は、譲ってはならない一線」と考えた。
つまりメルツ氏が原子炉再稼働のための調査などに固執した場合、連立政権が成立しない恐れもあった。このためメルツ氏は、脱原子力政策の修正を断念したのだ。
このため、両党の意見が食い違っている難民政策、社会保障政策、労働政策でも政局運営が暗礁に乗り上げる可能性がある。