2025年6月22日(日)

深層報告 熊谷徹が読み解くヨーロッパ

2025年5月27日

 ドイツのフリードリヒ・メルツ氏(キリスト教民主同盟:CDU)は5月6日に首相に就任する直前に、思わぬ挫折を経験した。連邦議会での投票で一度落選し、二回目の投票を経てようやく首相の座にたどり着いたのだ。

首相就任前に不安定さを露呈したドイツのメルツ首相(ロイター/アフロ)

 ドイツで初めての椿事は、政権基盤の不安定さを露呈した。メルツ氏と連立相手・社会民主党(SPD)の間の関係がきしみを見せていることから、今後も内政問題で紆余曲折が予想される。

「地獄への門を開いた」

 落選の原因は、大連立政権に属するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とSPDの328人の議員から18人の造反者が出たことだ。秘密投票なので、誰がメルツ氏への投票を拒否したかはわからない。だがドイツの論壇では、SPD左派の議員が造反したという見方が強い。

 左派議員の間では、メルツ氏に対する不満が根強い。その理由は、メルツ氏が難民政策を極右政党ドイツのための選択肢(AfD)の政策に近づけようとしていることや、社会保障サービスを削減する方針、中所得者・低所得者に対する減税に消極的であること、左派に属するサスキア・エスケン共同党首に閣僚のポストを与えなかったなどである。

 特に批判の的になっているのが、メルツ氏が今年1月に連邦議会で決議案を採択させた時に、AfDの賛成票を使ったことだ。この決議案は、入国許可を持たない亡命申請者を国境で追い返すことなどを含み、AfDの路線と酷似する内容だった。SPDは「メルツ氏の提案は亡命申請権を保障する欧州連合(EU)やドイツの法律に違反する」と反対していた。

 この決議採択によりメルツ氏は、昨年11月に行った「AfDとは一切連立や政策協力を行わない」という約束を破った。AfDとの政策協力を禁じるCDU・CSU内部の規則にも違反した。

 決議案採択直後の演説で、SPD左派に属するロルフ・ミュッツェニヒ院内総務(当時)は、メルツ氏に対し「あなたは地獄に通じる門を開いた。この門を閉めるべきだ」と厳しい批判を行った。地獄とは、CDU・CSUとAfDが協力、連立する世界を意味する。党名に「キリスト教」という言葉を冠するCDUの党首に地獄という言葉を投げつけたのは、最上級の非難である。


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