日本製鉄とトランプの黄金時代との関係
トランプは5月30日、東部ペンシルベニア州ピッツバーグにあるUSスチールのモンバレー製鉄所を訪問し、「黄金時代」と書かれた大看板を背景に演説を行った。その中で彼は、鉄鋼の輸入関税率を25%から50%に引き上げると述べた。
トランプは、自分が日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を最終承認するが、「まだその最終取引を目にしていない」と語った(大統領専用機内での記者団の質問に対する回答。5月30日)。最終取引とは何か。
ブルームバーグによれば、米政府がUSスチームの一部重要決定に対して拒否権を持つ「黄金株」の構想が浮上していると言う。仮に、米政府が少数でも黄金株を保有すれば、USスチールは実質「半国営企業」となる。この株式保有の形態に、日本側ないし両国の専門家から否定的ないし反対意見が出ても当然だ。
トランプは、同演説で日本製鉄の140億ドル(約2兆円 1ドル=144円で換算)規模の買収計画を非常に高く評価した。トランプの黄金時代構想には、鉄鋼業の復活が含まれており、彼が指摘した米鉄鋼業の歴史における最大規模の日本製鉄の投資に魅力を感じているとみてよいだろう。
そこで、トランプは鉄鋼の輸入関税率を50%に引き上げ、日本製鉄は、黄金株を受け入れた株式形態で合意をせざるを得なくなるという道筋を作ったのではないだろうか。彼は、日本製鉄を黄金時代実現の道具の1つにしたいのだ。
2024年米大統領選挙において、トランプ候補は日本製鉄のUSスチール買収に対して「愛国心」を理由に反対した。しかし、今回、大統領トランプは、本来の実利的な判断に基づいて投資額と条件を重視したのだ。
日本政府の対応
日本政府は、6月15日から同月17日にカナダ・アルバータ州カナナスキスで開催されるG7(主要7か国首脳会議)までに関税交渉で合意を成立させる方向で進んでいるという報道がある。また、同政府は、日本が得意とする造船分野で米国と協力する考えで、「日米造船黄金時代計画」を米国側に提示したと言う。
確かに相手を説得するとき、自分が好きな言葉ではなく、相手が好きな言葉ないし頻繁に使用する言葉を使うと効果的である場合がある。トランプの面子を立てて、日米関税交渉において日本に有利な条件を引き出すには「黄金時代」という言葉が有効であると考えたのだろう。
しかし、上で述べてきたように、トランプの黄金時代には、支持者固め、さらに、トランプ一族の経済的な利益の増加(金の循環システムの構築 「なぜトランプウクライナの『鉱物資源の権益協定』署名にこだわるのか?」参照)といった利益の実現も含まれる。即ち「私益」の実現の意味が強い。
ハーバード大学を標的にした留学生の排除は、今後、留学先としての米国回避と、各国に対する関税措置は、自国企業の競争力低下とを招く可能性から、黄金時代と逆行する「負」の政策であろう。
反MAGA(Make America Great Again 米国を再び偉大にする)たちは、トランプの黄金時代を「暗黒時代」と見ている。日本政府が、黄金時代という言葉を安易に使用するのは、大きな歴史の流れからするとリスクを含むものである。
