2025年12月6日(土)

Wedge REPORT

2025年6月16日

 こうした観光関係のデータが整備されていると、行政において施策を立てる際の一定のエビデンスになり議会で説得力のある説明も可能となり、補助金の申請にも活用可能である。

 技術は観光業界にも応用可能であり、接客サービスにおけるスタッフの感情の質や、顧客の満足度予測にも応用できると期待されている。DXは単なる業務効率化ではなく、人の可能性を引き出すツールとしても機能しつつある。

地域における観光の位置づけの重要性

 福井県の事例が示すように、観光DXは地域主導であればこそ持続可能な観光の実現に近づける。一方で、その普及にはいくつかの課題もある。たとえば、全国的に見れば依然として基幹システムが標準化されておらず、データ統合が困難である点や、DMOにおける専門人材不足が慢性的なボトルネックとなっている。

 また、観光客数を増やすことだけが目的ではない「地域とともにある観光」の理念を、地域住民や事業者とどのように共有していくかというプロセスも極めて重要である。その意味で観光DXは、単なる技術革新ではなく、地域社会の価値観の再構築を伴う「意味のイノベーション」でもある。

 DXの文脈では、OTA(オンライン旅行代理店)をどのように位置づけ活用するかも重要である。Booking.comやExpediaといった海外OTAは、集客力に優れ、インバウンド対応も可能なことから日本の中小ホテルや旅館にとっては不可欠なチャネルとなっている。その一方で、手数料の高さや顧客情報の非共有、アルゴリズム依存といった課題も指摘されており、施設側の収益性やブランディングにとっては逆風ともなりうる。

 国内OTA(楽天トラベル、じゃらんnet)は、比較的手数料が低く、事業者へのサポート体制も手厚いが、価格競争の激化や自社予約比率の低下といった課題も共有している。したがって、OTAを「集客の入り口」と位置づけ、公式サイトやSNS等への誘導によって直接予約比率を高める戦略へシフトすることも一考する必要があろう。

何が必要となるか

 これまで観光分野は、中小・零細事業者が多く、IT投資余力が乏しく、「人の接遇」や「リアル体験」が価値の中心であり、業務効率より「おもてなし」重視だったので、他の業界に比してデジタル活用は遅れ気味だった。昨今、OTA予約の活用などでフロントのデジタル化は進みつつあるが、全体最適が未達である。観光DXの全国的な定着と適切な活用に向けては、ここまでに述べた内容に加えて以下のような課題と展望がある。

• データのさらなる整備:位置情報や購買データなどの情報収集の範囲と精度を上げ、個別事業者、地域、行政のより実効性のある戦略・施策立案へとつなげる。

• 観光DMPの標準化の上での個別最適化:全国標準の観光DMPはまだなく、地域間の比較等が行いにくく非効率である。23年に日本観光振興協会が事務局を務める全国観光DMP(通称デジプラ)が始動し、全国統一の指標体系(観光分類コード等)により基本データの標準化が整いつつあるが、まだ採用は限定的である。また各地域は一定の標準化の上で、その地域特性に応じて調整が必要になる。

• 中小事業者の支援強化:データリテラシー不足を補う伴走支援、ツールの提供、研修体制。

• ウェルビーイング指標の導入:観光客だけでなく、住民・事業者の幸福度も重視する評価指標の確立により、真に持続可能な観光の在り方を再構築する。

• 潜在顧客層に働きかけるきっかけとなるデータ:来訪者のみの定量データ以外を活用して、将来的なターゲット客層を把握するデータ。海外のデータやヒアリング等の定性データも必要になるだろう。

 今後は、事業者、DMO、行政のデジタルとマーケティングの知見が蓄積されることでデジタルとデータ活用は進むだろう。将来的には、エストニアのように国家IDと決済の連動で旅行者の全行動の分析や、オーストリアのように地域DMOごとにIoT・Web・SNSデータを統合した情報基盤の整備も考えられる。

 観光では日本独自の感性も重要だが、それに適切なデータを加えて感性とサイエンスを両立させることで、日本の観光の発展は効率的かつ効果的に発展しうる。

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