ところが、ここに来て状況は大きく変化しつつある。まず、新型コロナウイルスの感染拡大以降、生活保護の受給者数が足元で増加傾向を見せている。それ以上に重要なことは、低年金・無年金に陥る可能性の高い「就職氷河期世代」が高齢者入りする時期が迫っていることだ。
就職氷河期世代は1970年から84年頃に生まれ、厳しい就職活動期を経験し、現在では40歳代初めから50歳代半ばになっている。総数では1700万人を超えるといわれ、非正規や失業など不安定な雇用・所得環境に置かれた人たちが少なくない。あと10年ほどすると、この世代も年金を受給し始めるが、年金保険料の拠出実績が十分でなく、したがって年金の受け取りも少なく、老後に生活保護に頼るケースが増加することが予測される。これからの高齢化は、人口構成が高齢層に偏るだけでなく、高齢層内における貧困リスクの高まりを伴いながら進行する。こうした状況は、「貧困の高齢化」と呼んでいいだろう。
所得補償としての公的年金
追い付かない高齢化対応
貧困の高齢化への対応は、今回の年金制度改革でも大きな論点となっているといえる。これまでは、高齢層内における貧困化は公的年金ではなく生活保護で対応すべきだというのが政府内における暗黙の合意であったように思う。しかし、従来型の対応では十分でないという懸念がここに来て一気に強まった。その最大の理由が、就職氷河期世代の年金受給世代入りが迫り、貧困の高齢化が、かなりのボリューム感を伴う社会的なリスクとして政府内で意識されるようになったことである。
これまでも低年金・無年金者の増大による生活保護への圧力を軽減するために、基礎年金の拡充策が議論されたことは何度もあった。だが、「消費税率の引き上げが必要だ」といった財源論が、議論にブレーキを掛けてきた。
生活保護はあくまでも限られた人たちへの支援を想定している。そのため財源は全額公費(税金)であり、その総額も毎年、厚生労働省と財務省の折衝で決定される。財政基盤ははじめから脆弱である。
これに対して年金には特別会計があり、250兆円に上る積立金を抱える。政策的に余裕のあるのは明らかに年金であり、その年金が貧困の高齢化に正面から立ち向かうのは自然な姿である。
そのためには現行の年金制度の大きな見直しが必要となる。現行制度には、「マクロ経済スライド」という仕組みが組み込まれている。これは、現役層の負担増を抑制するために、現役層の保険料率の上限を設定したうえで、入ってくる保険料収入の動きに合わせて、高齢層の年金給付水準を自動的に調整していく仕組みである。
高齢層の年金給付を現役層の経済的な「体力」に見合って調整するため、公的年金は財政面で安定し、現役層の負担増も回避できる。しかし、少子高齢化の下では、社会の支え手である現役層が先細るので、この仕組みは、高齢層の年金給付を引き下げる方向に働いてしまう。持続可能性の維持は、給付水準の維持を犠牲にしてこそ可能となる。
日本の公的年金は、国民全員が受け取る「基礎年金」と、会社員などが給与水準に応じて受け取る「厚生年金」の2階建て構造になっている。非正規として働く期間が長かった就職氷河期世代の人たちは、このうち2階が薄く、1階の基礎年金への依存度が高くなる。ところが、その基礎年金は長く続いたデフレによって財政状況が悪化している。5年に一度実施される年金の財政検証では、このままマクロ経済スライドを適用し続けると、基礎年金の給付水準は約30年後の57年に実質的に3割減るとの見通しが示された。
