何らかの原因で血管が傷んで出血した場合に、もし血液が凝固しないと止血されずに大量の失血によって命に関わる。一方で、傷んだ血管が修復されて不要になった血栓がもし溶かされずに増えていくと、血栓塞栓症を引き起こすリスクが高まる。
血液が固まりやすい状態(ドロドロ血液)は、血栓形成のリスクを高め、脳梗塞や心筋梗塞の原因となる。一方、血液が固まりにくい状態(サラサラ血液)は、出血しやすくなるリスクがある。
心房細動をもつ患者の多くは血栓塞栓症である脳梗塞に罹患するリスクが高く、そのリスクを低減するのが血栓形成を抑える抗凝固療法である。抗凝固療法を適切に行うことで、血栓塞栓症のリスクは大幅に低減できるが、出血リスクは高まる。どのような種類の血栓塞栓予防療法を行うかを決定する際には、血栓塞栓リスクと出血リスクのバランスを考慮する必要がある。
心房細動をもつ患者の脳梗塞リスクを評価するためによく使われるのが「CHA2DS2-VAScスコア」である。うっ血性心不全、高血圧、年齢75歳以上(2倍)、糖尿病、脳卒中/一過性脳虚血発作/血栓塞栓症(2倍)、血管疾患、年齢65~74歳、女性であるか否かのスコアでリスクを評価する。
前述の日本の不整脈診療ガイドラインでは、本邦独自の脳梗塞リスク評価ツール「HELT-E2D2スコア」の開発についても臨床研究のエビデンスを含めて紹介していて興味深い。
発端は、日本人を対象とした研究では「CHA2DS2-VAScスコア」に含まれる糖尿病、心不全、血管疾患は独立したリスク要因として同定されず、それに代わって年齢85歳以上、BMI 18.5未満のやせ、そして心房細動が持続性/永続性であることが新たにリスク要因と同定されたことに由来する。そのため、「HELT-E2D2スコア」では高血圧、年齢75〜84歳、BMI 18.5未満、持続性/永続性心房細動、年齢85歳以上(2倍)、脳卒中既往(2倍)でリスクを評価している。
今後、スコアの何点以上をもって抗凝固療法開始基準とするか、その他の脳梗塞リスク評価ツールとの比較検討などの課題に対応する研究が進められて行くだろう。
心房細動の負荷
その日のK.Y.さんの診療はこんな会話で終わった。
「生意気に『心房細動をもってる人がどんな気持ちでいるか忘れないで下さいよ』なんて言ったこともありましたよね(笑)」
「あれにはハッとさせられました」
最近、「どのくらいの時間、心房細動が続いているか」を量としてとらえる考え方が「AF Burden(心房細動の負荷)」という名前をつけて注目されている(AFは心房細動atrial fibrillationの頭文字)。
従来は「ある/なし」またはせいぜい「発作性/持続性/永続性」で区別されてきた心房細動をより詳しく「量」と「頻度」で示すものだ。例えば、24時間に心房細動状態だった時間の割合、最も長く続いた心房細動エピソードの持続時間、ある期間中に心房細動が起きた回数、心臓の植込み型デバイスで記録された心房細動の累積時間などを指標にして、最適なマネジメント法の選択についての研究が進んでいる。
でも、K.Y.さんのように心房細動をもつ人にどのように「負荷」がかかるのかについては、ほとんど注意が払われていない。不幸なことに、現代の医師の多くは、病気を人間の経験として理解する訓練を受けてきていない。身体的にだけでなく、心理的にも社会的にも、さまざまな「負荷」があることを家庭医は想像できなくてはならない。
いつ心房細動の発作が起きるのか、いつまで続くのか、血栓が飛んだらどうしようか、車の運転中に起こったら、薬の副作用で出血しないだろうか、子供たちも心房細動になるのだろうか。そうした心配のリアルを教えてくれたのは、K.Y.さんなのだ。
