2025年12月5日(金)

Wedge REPORT

2025年8月24日

兵舎内での不快な日常

 戦場が舞台ではない。徴兵でかき集められた、実戦を知らない男たちが雑居する兵舎だ。戦闘場面は一切ないが、いじめ、暴力、罵倒が当たり前のように横行する軍の異常さが如実に伝わる。こんなところに送り込まれたら、誰だっておかしくなってしまう。そう思わせる悪夢のような光景がつづく。

野間宏による原作小説『真空地帯』

 作品を筆者が初めて観たのは、1994年だった。船橋市の貸しビデオ店で借り、土曜日の夜に観た。名作とは聞いていたが長く見逃していたため、たまたま借りた形だった。

 白黒画面は冒頭から陰鬱で、主人公の身に良からぬことが起きそうなきな臭い雰囲気を漂わせる。そして早々にビンタが始まる。学徒出陣で集められた大学生の新兵の1人がいかにもドン臭く、配膳の際、米や汁の入ったバケツを床にぶちまけてしまう。

 「申し訳ありません、上等兵殿」「初年兵はん、ほんまにようしてくれはるなあ」。新兵訓練係の古年兵たちによる制裁が始まるが、古年兵は一様に興奮している。その日の懲罰を、ふと湧いた余興のように楽しむ顔だ。

 冒頭部分を脇で見ていた筆者の妻はビンタの場面に耐えられず、早々に隣の部屋に避難した。が、耳を塞いでも漏れてくる男たちの怒声や絶叫が不快でならなかったという。

 確かに不快だが、ビンタ、怒鳴り声など、映画が放つすべての音が、兵役の耐えられなさをうまく伝えている。

現代にも残る“暴力”

 戦争が終わった16年後、1961年に生まれた筆者はこんな現実を直接は知らない。しかし、これに近い、いや、こうした状況をいつでも生み出しそうな土壌を薄々感じて育った。

 東京の足立区立第14中学に入った1974年、27歳の女性の担任教師は何かとビンタをする人だった。映画の中の兵士たちのように思い切り殴るのではなく、やや緩めに生徒の頬を、ときに片手、ときに両手ではたいた。

 しかし、両手で頬を挟むように殴られるときはそれなりに痛く、殴られる側はどうしても目をつぶる。すると、ビンタが始まらないので、薄眼を開けると、教師は待っていたとばかりにビンタした。

 同じ学校の20代の新任早々の体育教師は、雪の日、生徒たちが授業が始まっても雪合戦をしていたのを理由に、生徒を一列に並ばせビンタした。この教師は時折、拳で殴ることもあった。

 技術の教員たちが、宿題の図面描きを忘れた生徒を並ばせ、一人ひとりT定規で尻を叩く通称「ケツピン」が日常の仕置だった。2度3度忘れる者は下着を脱がされ、尻の地肌をT定規のTの部分で思い切り叩かれ、何日もアザが残った。

 だから、『真空地帯』に描かれた暴力は筆者の目に、決して「ありえない世界」とは映らない。戦後30年が過ぎた公立中学での教師の体罰を考えれば、十分に地続きの出来事だった。


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