MOHは薬物乱用頭痛とも呼ばれ、以前から頭痛疾患をもつ患者で、1カ月に15日以上頭痛が存在し、1種類以上の急性期または対症的頭痛治療薬を3カ月超えて定期的に乱用(エルゴタミン、トリプタン、オピオイド、または複合鎮痛薬を月に10日以上、または単剤鎮痛薬を月に15日以上服用)している場合に診断される。こうした診断基準を満たすかを確認する際にも、頭痛ダイアリーは役に立つ。
頭痛の特徴から、S.S.さんには片頭痛がベースにあり緊張型頭痛の要素も加わっていると診断しているが、MOHに進んで行かないように、記録された頭痛ダイアリーを振り返って鎮痛薬の使用を制御していくことが有効だった。
2つのアプローチの融合
それともう一つ、S.S.さんが頭痛を恐れてつい鎮痛薬に頼りたくなることには特別な事情があって、それへの配慮も必要なのだ。
それは、S.S.さんが30歳の時に脳動静脈奇形が破裂して、脳内出血を起こしたことがあることだ。脳動静脈奇形は、脳内で毛細血管を介さずに動脈と静脈が直接つながってしまう、生まれつきの血管の異常である。
この異常な血管のかたまり(ナイダスと呼ぶ)は、壁が薄く破れやすく出血のリスクが高い。この時の頭痛は、まさに血管障害による二次性頭痛で、ただちに専門医療施設への紹介が必要な「命に関わる状態」となりうる。
幸い、S.S.さんは病院の脳神経外科へ救急搬送され、ナイダスを摘出することができて生還した。でもその時の強烈な頭痛と死に瀕した経験は、彼に強い頭痛に対する大きな恐怖を植え付けたのだ。
家庭医のケアでは、2つのアプローチをバランスよく融合させることが必要である。
頭痛をもつ患者を例にとると、1つ目は生物医学的アプローチで、患者の訴える頭痛がICHD-3という疾病分類のどこに当てはまるかを探るアプローチ。
2つ目は、患者がもつ頭痛を患者固有の経験として理解しようとするアプローチである。例えるなら「この頭痛の経験は患者の人生という大きな絵の中にどのように当てはまるだろう」というように考えていく。
実は、こうした2つのアプローチを融合させる家庭医のケアをエピソードとしてコード化し、データとして蓄積するために「プライマリ・ケア国際分類(International Classification of Primary Care; ICPC)」という分類もある。
ICHD-3や世界保健機関(WHO)による国際疾病分類(International Classification of Diseases; ICD)などのように、明確な診断基準によって分類されて確定診断や死因のために体系化された疾病分類とは異なり、ICPCは、患者の受診理由(reason for encounter; RFE)から始まり、診断のつかない未分化な問題も含めて、ケアのプロセスを時系列で追跡することができることが特徴だ。詳しいことはまた別の機会にお話ししたい。
「先生、僕の『大それた夢』を教えましょうか」とその日の診療の終わりにS.S.さんが言った。
「え、何ですか、興味津々ですねー」
「人がそこに行ったら頭痛がよくなる街や建物を作りたいんです」
「す、すごいですね……」
「……先生、どうしたんですか。ちょっと涙ぐんでませんか」
「ええ、すごく感動したんですよ。ぜひその『大それた夢』を成就して下さい」
