2025年12月6日(土)

世界の記述

2025年9月5日

古くて新しい間接的侵略

 実は情報操作・サイバー攻撃が深刻な脅威と受け止められたのは、ロシアのクリミア併合の時だった。このクリミア侵攻は「ハイブリッド戦略」としてNATO側を驚愕させた。当時そうした分析が多数発表され、プーチン時代の新ドクトリンだと騒がれた。これを契機にEUでもサイバー攻撃に対する防衛の議論が活性化していった。

 プロパガンダや偽情報、サイバー攻撃による情報撹乱と心理的操作で国内騒乱を引き起こし、政権弱体化を促し、軍事の行使はできるだけ回避して目的を実現する――。それはヒトラー時代のドイツの「間接侵略(戦略研究家リデルハート)」そのものだ。英独仏伊の首脳が一堂に会したミュンヘン会談で、ヒトラーはゲルマン民族が数百万人居住すると言われたズデーテン地方の割譲を要求したが、現地ではナチスが支援する民族組織が偽情報と自警団による暴力行為で人心を撹乱、内乱間近の危機事態を醸成させた。

 侵略者としての本音は、コストのかかる「直接侵略」を回避したい。当時はコンピューターもなく、情報伝達手段が紙媒体やラジオ音声などに限定されていた中、偽情報や誤報に惑わされないように、近隣諸国のフィンランドなどでは偽情報対策のための冊子が中・高等学校で配布された。

 プーチンは2014年にはその間接侵略(ハイブリッド戦略)に成功した。22年以来のウクライナ侵攻を、いまだにプーチンは戦争行為ではなく、「特別軍事作戦」と呼び、戦争化したのはウクライナ側であると主張する根拠はそこにある。

「直接侵略」へエスカレート

 今日の内乱状態を醸成する情報の拡散範囲と速度は当時とは比較にならないほどだ。ロシアは偽情報をSNSなどのデジタルメディアで流し、サイバーを駆使し、相手の混乱を醸成する。さらに対象地域での親露派を形成、彼らの勢力拡大を煽る一方で、軍事的威嚇を行った。そして今やその対象範囲は欧州全体にまで拡大した。

 時を経て科学技術発達による手段の違いはあるが、自分の身の安全を少しでも担保しつつ、戦わずして目的を達成するという心理は不変だ。だとすればそれには人心を撹乱させる心理操作と混乱は常道だ。

 トロイの木馬もヒトラーも、プーチンも「間接侵略」という点では同一である。そしてロシアの「間接侵略」はEU加盟国ばかりか、欧州委員長の生死にまで及ぶ「直接侵略」にまでエスカレートしつつある。意図せざる結果がもたらす責任と結果の大きさに懸念を持つのは筆者ばかりだろうか。


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