──渡邉さんも、實取さんも「自然栽培」にこだわっています。
渡邉 25歳くらいの時に、「経済優先の社会は続かない」と感じたのが、自然栽培に興味を持ったきっかけです。もともと菊池市には自然栽培をされる方が多いということも大きかったです。菊池環境保全型農業技術研究会という勉強会は、スタートして30年になりますが、今は私が会長をやらせてもらっています。
實取さんともこの会がきっかけで知り合いました。自然栽培でつくったおコメの食味は、さっぱりしています。肥料を入れないので、虫の被害が少ないという利点があります。「農薬を使わないと虫にやられるのではないか?」と想像するかもしれませんが、逆に天敵もいっぱいいるから、上手く生態系のバランスが取れるのです。
最近、古民家を買い取って低温真空乾燥機を設置しました。これは、植物の水分や油分を抽出することができる装置です。例えば、稲刈りをした後のひこばえを刈り取って水分を抽出し、それでおコメを炊くといったことができないかと考えています。こうした新商品ができれば、稲作農家の手取りを増やすことができます。
實取 肥料も農薬もいらなくて、おコメが作れる。僕のような畜産出身の人間からしたらありえないことでした。世界には飢餓で苦しんでいる人がたくさんいるのに、日本では穀物の自給ができないので海外から輸入し、餌をあげないと畜産業は成り立たないという現実があります。祖父や父の背中を見ていて、自分はこのおかげで生きていると頭で分かっても、心のどこかに〝うずき〟があったんです。自分なりに何か社会に貢献をしたいと気になって、それで自然栽培に興味を持ちました。
私が今、取り組んでいるのは、在来品種の自然栽培です。在来品種は、機械化に向いていなかったり、稲穂が落ちやすかったり、収量が少なかったり、廃れただけの理由がやはりあります。だから、育てるのに手間もかかります。でも、在来品種を作った時に、稲は自分の遺伝子を後世に残すために実っているのであって、それを私たちがお裾分けしてもらっているということを強烈に感じたんです。稲は人間のために生きているわけではなく、より謙虚な気持ちになれました。
田んぼの多面的機能
命のインフラ
──政府はコメの増産に舵を切り、大規模化すれば問題が解決するかのような認識が広まっています。この点についてどう思われますか。
實取 気になることは、すべての議論が大規模化に収斂されていることです。田んぼには、貯水機能やそこに生きる生き物の保全などの「多面的機能」があり、私はこれを「命のインフラ」と呼んでいます。
一方で、経済的な効率性を重視し、平坦な土地で大規模化、効率化を目指す稲作もあるべきだと思います。ただし、それらを一緒くたにするのではなく、「多面的機能」と「産業」としての農業は分けて議論していく必要があります。
