2025年12月5日(金)

日本不在のアジア最前線──教育とリテラシーが招く空洞化

2025年9月26日

 シリコンバレーから始まった技術革命が、今や国家戦略の中核を占める時代となった。クラウドコンピューティングが企業の競争基盤を変え、5Gが産業構造を刷新し、生成AIが創造性の概念そのものを覆している。しかしこの技術進化の背後には、より深刻な地政学的対立が潜んでいる。即ち、米国・中国・インドという三つの巨大なデジタル経済圏が、それぞれ異なる戦略でテクノロジー覇権を争う構図である。

 その行方は、日本企業の未来を左右する決定的要因となりつつある。それどころか、テクノロジーセクターのメガトレンドの激流の中で、存在感が著しく低下している日本と日本企業の姿がある。テクノロジーが地政学を書き換える時代において、デジタル覇権争いの最前線で何が起きているのか探っていきたい。

(VICTOR HABBICK VISIONS/SCIENCE PHOTO LIBRARY/gettyimages)

クラウドから ⽣成AIへ—技術進化の10年史

 今から遡ることちょうど10年前の2015年、世界のIT投資は転換点を迎えていた。AWS、Azure、GCPという三つのクラウドプラットフォームが2500億ドルの市場を寡占し、企業のデジタル基盤が根本から変え始めたのである。SalesforceやSlackが急成長を遂げ、DockerやKubernetesといったコンテナ技術が標準化される中、IaaS/PaaS市場は驚異的なペースで拡大していた。

 続く2018年から2020年にかけて、通信革命が産業界を席巻した。5Gの商用化とともに、 IoTデバイスの接続数が100億台を突破。製造業では、Siemens MindSphereが数千社への導入を果たし、デジタルツインによる故障予測精度が85%向上するという成果を上げた。同時期、米中貿易摩擦が激化する中、Huaweiの5G基地局展開が地政学的な火種となったことは記憶に新しい。

 2020年から2022年のAI技術実用化フェーズでは、NVIDIAの台頭が象徴的だった。同社の株価は10倍に跳ね上がり、GPU出荷台数は2000万台に達した。画像・音声認識技術が医療診断で95% 超の精度を実現し、企業のAI導入率は30% から 70% へと急拡大。 WaymoやTesla FSDによる自動運転技術の実証も本格化した。

 そして2022年末、ChatGPTの登場が新しい時代の幕開けを高らかに告げた。わずか2カ月で1億ユーザーを獲得したこのサービスは、生成AI競争の号砲となった。マイクロソフトが235億ドル、 Googleが20億ドルを投じるAI軍拡競争が始まり、OpenAI、Anthropic、Cohereといった企業が数兆パラメータのモデル開発にしのぎを削る時代が到来したのである。

 テクノロジーの進化が描いた10年の軌跡。その果てにたどり着いたのは、GAFAMによる支配の風景だ。OSからクラウド、デバイス、データ、アプリの層まで覆い尽くす構造。その全てを押さえ込むことで、彼らは21世紀の覇権を事実上独占している。GAFAMにエヌビディアを加えた6社の時価総額はおよそ 19兆ドル。これは、東証に上場する約 3800社 の合計時価総額(約7兆ドル)の 2.7倍 に相当し、その覇権の凄まじさを物語っている。

⼆つの巨⿓—中国とインドの対照的野望

 テクノロジー覇権争いにおいて、中国とインドは対照的なアプローチを取っている。中国の「中央集権型・監視型」戦略は、国家主導によるデジタル統制を特徴とする。 WeChatの月間ユーザー12億人、Alipayの年間決済額17兆ドルという数字が示すように、スーパーアプリが決済・SNS・サービスを統合した巨大エコシステムを形成している。中国の戦略的特徴は三つの軸で理解できる。

 第一に、データ主権の確立。「サイバー安全法」「データ安全法」により企業データの国内保管を義務化し、政府が年間54万件の情報要求を行う体制を構築した。第二に、「一帯一路」と連動したデジタルインフラ輸出。Huaweiが150カ国で5G基地局を展開し、中国式スマートシティ技術を46カ国、総額300億ドルで輸出している。第三に、米中デカップリングを受けた独自路線。「中国製造2025」の下で1.5兆元の半導体投資を行い、自給率70%を目標に掲げている。

 一方、インドの「オープン・参加型」戦略は、デジタル公共財を基盤とした包摂的発展を志向する。国民IDのAadhaarには13.7億人が登録され、UPIでは月間100億件の決済が行われている。この公共インフラにより、銀行口座保有率が35%から 80%へと急増し、「最貧困層のデジタル包摂」を実現した。インドの強みは三点に集約される。

 まず、India Stackという7層構造の公共API体系を5万社以上の開発者に開放し、民間イノベーションの好循環を生み出している点。次に、 58万人のAI・ML技術者を抱え、グローバルAI開発の18%を担う世界最大級のAI人材プールを活用している点。そして、西側諸国との技術同盟を強化し、AWS、Azure、GCPが各10〜30億ドル規模でインドに投資している点である。

 GAFAMが覆い尽くすデジタル世界。しかしその狭間で、中国は統制と監視を武器に、インドは公共財と開放を旗印に、独自の覇権地図を描いているのである。


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