2025年12月5日(金)

日本不在のアジア最前線──教育とリテラシーが招く空洞化

2025年9月26日

⽇本企業への戦略的⽰唆—繰り返される半導体敗北の轍

 2035年のデジタル覇権争いは、単なる技術競争を超えた地政学的な闘いとなる。米国の「技術覇権主義」、中国の「監視型デジタル統制」、インドの「オープン包摂型発展」という三つの異なるモデルが競合する中で、この技術革命の激流の中で、日本企業はどのような戦略を取るべきであろうか。

 日本企業の活路は「技術そのものの開発」ではなく、「技術の社会実装領域」にあると考える。6G時代の通信インフラそのものでは日本企業は米中に後れを取っているが、6G上で展開される産業応用領域—自動運転、遠隔医療、工場IoT—では強みを発揮できる可能性がある。また量子・AI時代への対応では、やはりクラウド分野で米中に後れを取っている日本企業であるが、工場、車載、医療機器といったエッジ領域では競争優位を保持できる可能性がある。これらの動きは、単独での技術開発競争において世界の後塵を拝し、また覇権の確立をし損ねている日本企業が、海外テック企業との戦略的提携を通じた「橋渡し役」としてのポジションを確立しつつ、生き残る戦略の重要性を物語っている。

 このような「隙間サバイバル」の方策は残されているものの、6Gやクラウド分野での現在の遅れは、半導体分野でかつて日本が経験した敗北と、構造的にきわめて似通っている。共通するのは、自前主義への固執と、オープンなエコシステムや国際的なルールメイキングでの後れである。1980年代、日本の半導体産業はDRAMを中心に世界を席巻した。しかしその成功は長く続かなかった。垂直統合モデルにこだわり、設計から製造までを自社内で閉じた結果、オープンアーキテクチャの潮流に乗り遅れた。インテルやマイクロソフトがPCメーカーを巻き込みエコシステムを拡大する一方、日本企業は「仲間」を欠いた孤立した島の中で競争力を失っていったためである。

 同じ構造は、いま通信・クラウドの世界で繰り返されている。5G/6Gでは独自技術やハードウェア性能の追求にとどまり、O-RANのようなオープンネットワークへの移行に遅れた。AIや量子の分野でも、肝心のクラウドプラットフォーム層を軽視し、AWSやAzureが単なる計算資源の提供にとどまらず、AI・データ分析・業界特化サービスを重ね、さらにサードパーティを巻き込むマーケットプレイスと人材育成を組み合わせて巨大な生態系を築いた一方で、日本は市場規模と投資力の不足、自前主義と規制文化の壁に阻まれ、同様のエコシステムを構築できていない。

 さらに6G標準化をめぐっては、HuaweiやQualcommが国家の後押しを受けて特許を押さえる一方、日本の標準必須特許シェアは一桁台にとどまる。またAIルール形成でも、EUがAI法で世界をリードし、中国が国内規制を即座に制度化する中、日本のガイドラインは拘束力に乏しく、国際標準としての影響力を欠いている。

 要するに、かつての半導体の失敗は、形を変えて通信やクラウドで再現されているということなのである。個別技術の巧拙ではなく、「エコシステムをいかに構築するか」という戦略的視点の欠如こそ、日本の国際競争力を削いできた真因である。

 加えて、前傾のM&Aやスタートアップイノベーションの資料が示す通り、そこには哀しいほどに存在感のない日本の姿がある。大型M&Aでは「観察者」として名を連ねるにとどまり、ユニコーン地図でも統計誤差のように霞んでしまう。仕掛け人でも買い手でもない──そんな立ち位置が定着してはいないかという強烈な問題意識がある。

 私は決して日本の技術力が衰退しているとは思わない。製造現場の精度や素材技術、システム統合力、現場オペレーションの能力において、日本企業はいまも世界最高水準にあり、だからこそ「隙間サバイバル」は成立する蓋然性が高い。ではなぜ前線に出られないのか。答えは構造にある。投資委員会や稟議に1〜2年を費やす意思決定の遅さ。失敗を許容せず「投資しないこと」こそが合理とする企業文化。越境人材の不足と、全員合意を優先するあまり誰も責任を取らないガバナンス。さらに、大学やVC、スタートアップとの接点を欠き、新興分野に自然発生的にアクセスできない閉じたエコシステム。

 技術はある。資金もある。それなのに動けない日本。なぜ私たちは「仕掛け人でも買い手でもない」まま、傍観者として立ち尽くしてしまうのか。──ここから先が、本連載で問い直したい核心である。それは個別のセクター論にとどまらず、日本人が正しいと思い続けた教育のあり方や、日本人が世界標準で身につけていると信じているリテラシーについても光を当てて深掘りしていきたい。

 次回は、資源・エネルギー、オート・モビリティというセクターを俯瞰しながら、凄まじいまでのグローバルメガトレンドと、そこにおける日本と日系企業の状況を分析してみたいと思う。

 To Be Continuedである。

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