「ドーハの悲劇」から「ドーハの歓喜」へ
初の中東開催となったワールドカップカタール大会も、アルゼンチンの36年ぶり3度目の優勝で幕を閉じた。前半のうちに2点を先取したアルゼンチンに、フランスが後半終了の5分前に2点を連取して追いつき、延長戦に入るというドラマチックな展開に釘付けになった。120分もの長い時間を全力で走り、最後の最後までスピードと気迫溢れるプレーでゴールを狙い続ける姿は、正にサッカー界の頂点の戦いであり、国の威信を賭けて死闘を繰り広げる姿は戦争なのだとさえ思った。最後はPK戦をもって勝敗を決めるという残酷なルールでアルゼンチンの優勝となったが、このように素晴らしいサッカーを見せてくれた両国は共に讃えられるべきであろう。
そして今回のワールドカップは、われわれ日本人としても非常に誇らしい「ブラボー」な大会であった。1次リーグの抽選でスペイン・ドイツと同じ組となった時、「死の組」に入ってしまったと報道された。しかし、そのような報道がなされたのは恐らく日本国内だけであって、世界中の誰もが、FIFAランキング7位のスペインと同じく11位のドイツが1次リーグを順当に突破するものと想定していたであろう。その両国をあのように撃破して予選リーグを1位突破し、ベスト8を賭けた戦いで、前回の準優勝国で今回も3位のクロアチアと120分の死闘の末に引き分けたのである。フレンドリーマッチではなく、ワールドカップの本大会でこのような結果を出すことは本当にすごいことであり、「ドーハの悲劇」から30年の時間を経て、日本のサッカー界が大きく変わったことを実感した。
非常に重い問い
前置きが長くなったが、例によって質問である。先ほど「戦争」という言葉を使ったが、それにちなんでの非常に重い問いである。
「あなたは、日本が恒久平和主義を掲げて憲法9条を維持する限りにおいて、未来永劫、他国からの侵略を決して受けることなく、また他国同士の戦争の巻き添えを喰うことなく、平和を維持することができると考えているだろうか?」
1年にわたったこの連載も、今回が最終回である。「ザ・ジャパニーズ3.0(昭和、平成、令和)~今の日本人に必要なアップデート~」という長くて変わったタイトルの下、毎回、さまざまな問いを発しては、それを深掘りする形で今の日本人が直面する課題や非効率性を示そうとしてきた。筆者は高度成長期に生まれ、青春時代にバブルを経験し、社会人としてバブル崩壊後どんどん貧しくなる実感の中で平成の30年間を生きてきた。
そんな筆者がこの連載で指摘してきた内容は、昭和のスタイルや成功モデルが、平成という30年の時間の中で機能不全を起こしている様であり、令和の時代を生きるためには今どのようなアップデートをする必要かということであった。連載の初回では日本人にはお金の教育が足りないと指摘し、またある時は、受験が人生の目標になってしまっていて、生きる力や未来を変えていく力を学べていないのではないかと問題提起をした。そして前回は、長い時間をかけて英語習得に翻弄されているが、日本語でしっかりものを考え、論を展開するという母国語のスキルが持てていないとの危惧を共有させていただいた。そして最終回にあたり、今の日本人にとってアップデートが必要なものとして戦争を取り上げたいと思う。
2022年を振り返るに、日本にとってこれほどまでに地政学リスクが高まった年はないと思われる。ウクライナ戦争は、開戦から10カ月を経た今日も収束の兆しが見えず、世界最大の核兵器保有国のリーダーであるプーチン大統領は、自国の領土が脅かされる場合には核の使用を辞さないと明言している。また中国の習近平国家主席は、10月に開催された共産党大会で、台湾統一を武力の行使を伴っても必ずやり遂げると宣言した。日本はロシアに対して、米欧各国と歩調を合わせて経済制裁を発動したが、その報復として北方領土返還問題を含むロシアとの平和条約交渉を一方的に凍結された。
また8月の米国のペロシ下院議長の台湾訪問に反発した中国は、台湾海峡での大規模な軍事演習を行い、中国の放ったミサイルはEEZ内に落下した。またロシア・中国の後ろ盾を得る北朝鮮は、断続的に弾道ミサイルの発射による威嚇を行っており、そのうちのいくつかは北海道上空を通過し、またはEEZ内にも落下している。
この意味で、先の問いは既に破綻しており、恒久平和主義を掲げ、平和憲法を遵守しているとする日本は、既に戦争に巻き込まれてしまっているのである。このような外部環境の緊迫化に対して、日本のアクションプランは何かと問われると、何の準備もできておらず丸腰の状況と言わざるを得ない。北方領土返還の見通しが立たなくなったことに対して次のカードが切れていないことは、韓国に実効支配されている竹島の返還問題や、尖閣諸島に日々圧力をかけている中国の動向にも影響を与える。ミサイル攻撃に関しては、これまで幸いにして地上、航空機、船舶への被害はないが、いつ死傷者が出てもおかしくない状況である。
万一そのような事態が発生した場合でも、撃った側が補償に応じることはないであろう。それに対し、「このような暴挙を断じて許さない」と首相が強面を作って叫んだところで、被害に遭われた方は到底納得できないのである。戦争に関して「想定外だった」ということは断じて許されないのだが、実際、防衛に関する議論・対応が後手に回っている現実がある。