必要不可欠なインフラ
海洋国家・日本の役割
19世紀、20世紀と比べ、21世紀はよりいっそう情報通信技術に依存する社会である。第二次世界大戦後、いったんは人工衛星に国際通信の主役の座を奪われたものの、80年代に光ファイバーを中心に入れた光海底ケーブルが実用化されて以来、中核的なインフラである。
海底という、我々がほとんど目にすることがない場所にあるため、その存在を忘れがちだが、ケーブルがなければ現在のような充実した情報活動はできない。YouTubeのような動画サービスが普及するにつれ、海底ケーブル敷設の需要が拡大し、次々とケーブルは敷設されてきた。これからいっそう帯域を必要とする情報通信サービスが出てくれば、新しいケーブルが必要とされるだろう。
しかし、歴史を振り返ると、海底ケーブルは重要インフラであるがゆえに、有事には切断されるのが当たり前の脆弱さを持つ。現在の不安定な地政学的状況では、海底ケーブル切断がいっそう心配されて当然である。
2023年2月の馬祖での海底ケーブル切断の後、24年11月と12月には欧州のバルト海で中国やロシアが関与すると見られる海底ケーブル切断が相次いだ。台湾では25年1月にも中国の貨物船が露骨に海底で錨を引きずり、台湾の海底ケーブルを切断した。
問題は、こうした「事故」に対し、有効な対抗措置がとれないことだ。バルト海で海底ケーブルを切断した船は、沿岸国の領海内ではなく、そこから外れた排他的経済水域(EEZ)でケーブルを切っている。
そして、切ったのは中ロ政府が所有する船ではなく、第三国に船籍を持つ民間船だ。それらの船主に損害賠償を請求しても、簡単に会社を倒産させて行方をくらますだけだろう。あるいは、これを中ロによる意図的な破壊行為だと断定すれば、北大西洋条約機構(NATO)は中ロに対して軍事的な対抗措置を執る覚悟をしなければならない。それは危険なエスカレーションに進むだろう。NATO加盟国は対応に苦慮している。
世界各国は19世紀末の1884年に海底電信線保護万国聯合条約を結んでいる。20世紀末の1994年には、EEZなどを定めた国連海洋法条約(UNCLOS)が発効した。
しかし、上記の第三国に船籍を持つ民間船の例のように、21世紀の海底ケーブルを巡るグレーゾーン事態に二つの条約は有効に機能していない。政府間だけでなく、広く人々のコミュニケーションを成り立たせるインフラとしての海底ケーブルの切断を禁止する、新たな国際規範を構築しなくてはならない。
海底ケーブル破壊の歴史を繰り返さないためのリーダーシップを海洋国家・日本が発揮すべきだ。
