「たとえ揺れても沈まぬ船」
ブラジル経済の復元力
日本・ブラジル間のビジネス交流が低調な要因は様々だ。一つには、日本企業のブラジルに対する認識がアップデートされていないことがあるだろう。だが、「高インフレ」「デノミ」「デフォルト」という〝南米経済〟を象徴してきたキーワードは、もはや現下のブラジルには当てはまらない。1993年に2500%あったインフレは、94年半ばに行われたレアル計画による新たな為替政策によって収まり、その後指標金利の調整で抑制されている。その結果、デノミも行われず、レアル計画時に発行された通貨レアルは30年たった今も使われている。
債務構造は、金利連動債、為替連動債など異なる指数に連動するものに分散され、短期債の割合も低めに設定されている。外貨準備も2023年時点で世界第10位の規模(約3460億ドル)と積み増しされている。つまり、デフォルトにつながるリスクは制御されている。ブラジルは「揺れることはあっても沈まない船」となっているわけだ。しかし、日本では「揺れる」局面がクローズアップされがちで「沈まない」という要素はあまり認識されていない。
ブラジルが「沈まない」船となったその他要因として、多様な産業構成に加え、1999年以降堅持している変動相場制、さらに財政制度など、複数の要素がある。ブラジルが巨大な輸出余力を有する鉱物・食料資源の品目は、国際価格が上昇すれば、同じ輸出量で輸出単価が増えるため、好況時には、貿易黒字幅が広がりやすい。
つまり、資源価格上昇→貿易黒字→経常収支赤字縮小→通貨高→インフレ抑制→金利低下→消費拡大→設備投資拡大という、資源価格を起点とする正のパターンが生まれる。
輸出価格指数が輸入価格指数を上回る状況が続けば交易条件が改善し、貿易利得が生じることで内需にプラスに働く。他方、資源価格の下落局面では上記サイクルと逆のパターンに陥ってしまう。
しかし、資源加工産業など通貨安時に恩恵を享受可能な輸出品目も多数存在する。木材パルプ(紙の原料)などが一例だ。原材料の輸入割合が低いこれら資源加工製品の場合、通貨安局面においては輸出競争力が増加し、資源価格の下落による負の影響を緩和できるのである。
また、94年以前、高インフレの要因となっていた慢性的な財政赤字についても、〝逆止弁〟とでもいうべき財政均衡策がある。歴代政権によって変更は加えられてきたものの、財政破綻を防ぐというコンセプトは守られている。過去、国民が疲弊した超高インフレ回避は、もはや国民の総意とも言え、野放図な歳出に対する一定の警戒感がある。
変動相場制は、例えばパンデミックなど、非常時の財政支出で財政赤字が拡大する場面で効いてくる。ネガティブな事案が起きると一般的に通貨安になる。その場合、輸入が抑制され、輸出は(先述したような資源加工品や工業製品が下支えする構造となっていることから)伸びるか、輸入額より減少幅が少なくなる。そのため、貿易収支面では黒字基調となりやすい。つまり、財政収支悪化などによる負の影響は貿易収支や経常収支改善で緩和され、際限ない通貨切り下げ・インフレ高進が起こりづらい構造となっている。
ビジネス環境も国際水準に近付いてきた。頻繁な労働裁判の元凶だった労働法は2017年に約80年ぶりに改正され、その2年後には年金改革が成立した。23年の税制改革は、連邦政府と州政府、市町村に分散し、難解な税務計算を強いていた付加価値税の体系をシンプルにした。今後、その実効性は見定める必要があるが、憲法修正を伴う構造改革が複数の政権にまたがって実施されたことは評価できよう。
このように経済破綻リスクは低くなったが、海外からの進出企業にとって重要なのは「揺れる局面」つまり景気変動の乗り切り方だ。実際、この国で長く操業している企業の中には、景気が良い時(本稿では「夏」に例える)と悪い時(冬)で戦略を切り替えたりしている。
