大学2年生のときに進路振り分けのガイダンスがあり、様々な分野の先生がいらしてみんな面白そうな話をするわけです。その中で、もっともつよく魅かれたのが久野久先生(東大理学部教授)。ものすごく情熱的で、「分からないから、まだ解決ができていないから自分でやるんだ」と、最新の知見を大学2年生に語るわけですよ。この先生のもとで学ぼうと、自分の中では決めたのです。
──少年時代に読んだ本の中で、大きな影響を受けたもの、つよい印象を残したものについてお伺いしたいのですが。
藤井氏:そうですね、3冊あげるとすれば『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著:初版1937年)、『地底旅行』(ヴェルヌ著:初版1864年)、『南極越冬記』(西堀栄三郎著:初版1958年)でしょうか。
小学6年生のとき、〈日本少国民文庫〉(全16巻)という、紙箱におさまった立派な全集を買ってもらったんですよ。その1巻が『君たちはどう生きるか』で、それだけがいまでもひじょうに印象に残っている。世界名作選なども入っていたのですが。
どうしてこれが印象に残っているのかなぁ……。思い当たるのは、当時地元で起こった炭抗争議。この本に出合ったのちに三井三池争議(1960年)があり、田川の炭鉱でも労使の対立が深まった。その雰囲気は学校にもおよび、従業員の子と職員の子との間でもトラブルが生じるような状況だったのです。職員組合の子は数が少ないですから、けっこういじめられたりもした。自分のおかれた現実と、主人公コペル君と彼を取り巻くひとたちの物語が、ピタッと合わさったのかもしれませんね。
印象深いのは、貧しい暮らしをしている豆腐屋の息子の浦川君。コペル君が彼らを裏切るようなことをして、深く悩むところがある。叔父さんが、そこで社会のしくみというものを教えてくれる。その叔父さんの言葉が、とてもかっこいい。登場人物の中で、コペル君と浦川君だけはいまでも名前を憶えていますね。
──『地底旅行』は、ヴェルヌの描く素晴らしい空想物語ですね。
藤井氏:地球の中に潜っていくという設定が鮮烈で、これは大学に入ってからも読み返しました。
地底への入口は、アイスランドのスネットフェルスですが、ここはまだ行ったことがありません。地底からの出口はイタリア・ストロンボリ島のストロンボリ火山ですが、ここへは何度か行ったことがあります。地質学をやるようなってから読み返すと、この本に書かれている間違いにも気がつきますよ。花崗岩があると書いてあるけど、アイスランドに花崗岩なんてないんですから(笑)。でも、全体としてはものすごくリアルに描かれている。当時として最先端の知識ですよ。