常識や難題を解き明かす
科学の信念と思考力
死を避けることができる──。
そんな未来を考え始めると、かえって「死ぬこと」への恐怖が膨らんでいく感覚がある。
「多くの人が『死にたくない』と思うのは自然な気持ちで、それは動物の発達進化の過程で強烈に刷り込まれてきた『本能』です。
『死は避けられない』という常識はあまりに長く共有されてきました。人間はその前提に立って物事を考え、宗教をはじめとする『理性』によって、その恐怖を抑え込み続けてきたのでしょう」
そうした人間の死生観さえ、渡邉さんの研究によって覆されるかもしれない。
「このことは、途中で述べた『視覚』に関わる話にも通底します。
何かが『見えている』という感覚を、私たちは生まれてこのかた体験し続けています。それをごく当たり前のこととして受け入れています。
でもそれは決して、当たり前のことではありません。脳と他のものとの間には、構造上の決定的な差がないにもかかわらず、脳にだけに『意識』が宿っている。
これは常識などではなく、いまだに解明されない謎であり、視覚には『意識の不思議』がすべて詰まっているといえます。そうした疑いの目を持つところから、私たちの研究は始まっているんです」
人類史をかけて挑んできた、意識の解明というテーマ。その壮大さに、気が遠くなるような思いをしたことはなかったのだろうか。
「難しいほど、ファイトが湧くんです。私は人知を超えるもの、つまり『自然』を解き明かすことに憧れを抱きました。それこそが、ロマンだと自負しています。
哲学者たちは現代のような科学技術も扱えない中、人海戦術では解決できない自然科学の問題を『思考力』だけで突破しようとしてきました。しかも驚くべきことに、本質を突いている。
哲学者たちがアリの巣のように張り巡らせた思考の土壌に、答えを出せるのが科学者です。
彼らが行ってきた『思考実験』には、器具も試薬も予算も必要ありません。『もし〇〇だったら』と本気で考えてみると、常識にとらわれて曇っていた視界が晴れ、本質が見えてくることがあります。今ある技術だけを前提にする必要はないのです。未来に期待して、想像力を自由に膨らませてみる。思考実験は科学に限らず、あらゆる分野にも応用できますから、こういうやり方を覚えておいても損はないですよ」
