2025年12月7日(日)

未来を拓く「SF思考」

2025年10月31日

常識や難題を解き明かす
科学の信念と思考力

 死を避けることができる──。

 そんな未来を考え始めると、かえって「死ぬこと」への恐怖が膨らんでいく感覚がある。

 「多くの人が『死にたくない』と思うのは自然な気持ちで、それは動物の発達進化の過程で強烈に刷り込まれてきた『本能』です。

 『死は避けられない』という常識はあまりに長く共有されてきました。人間はその前提に立って物事を考え、宗教をはじめとする『理性』によって、その恐怖を抑え込み続けてきたのでしょう」

 そうした人間の死生観さえ、渡邉さんの研究によって覆されるかもしれない。

 「このことは、途中で述べた『視覚』に関わる話にも通底します。

 何かが『見えている』という感覚を、私たちは生まれてこのかた体験し続けています。それをごく当たり前のこととして受け入れています。

 でもそれは決して、当たり前のことではありません。脳と他のものとの間には、構造上の決定的な差がないにもかかわらず、脳にだけに『意識』が宿っている。

 これは常識などではなく、いまだに解明されない謎であり、視覚には『意識の不思議』がすべて詰まっているといえます。そうした疑いの目を持つところから、私たちの研究は始まっているんです」

 人類史をかけて挑んできた、意識の解明というテーマ。その壮大さに、気が遠くなるような思いをしたことはなかったのだろうか。

 「難しいほど、ファイトが湧くんです。私は人知を超えるもの、つまり『自然』を解き明かすことに憧れを抱きました。それこそが、ロマンだと自負しています。

 哲学者たちは現代のような科学技術も扱えない中、人海戦術では解決できない自然科学の問題を『思考力』だけで突破しようとしてきました。しかも驚くべきことに、本質を突いている。

 哲学者たちがアリの巣のように張り巡らせた思考の土壌に、答えを出せるのが科学者です。

 彼らが行ってきた『思考実験』には、器具も試薬も予算も必要ありません。『もし〇〇だったら』と本気で考えてみると、常識にとらわれて曇っていた視界が晴れ、本質が見えてくることがあります。今ある技術だけを前提にする必要はないのです。未来に期待して、想像力を自由に膨らませてみる。思考実験は科学に限らず、あらゆる分野にも応用できますから、こういうやり方を覚えておいても損はないですよ」

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Wedge 2025年11月号より
未来を拓く「SF思考」 停滞日本を解き放て
未来を拓く「SF思考」 停滞日本を解き放て

SFは、既存の価値観や常識を疑い、多様な未来像を描く「発想の引き出し」だ。かつて日本では、多くのSF作家が時代を席巻した。それはまさに、科学技術の進展や経済成長と密接に結びついていた。翻って、現代の日本には、停滞ムードが漂う中、様々な規制やルールが、屋上屋を架すかのようにますます積み重なっている。だが、それらを守るだけでは新たな未来は拓けない。硬直化した日本社会をほぐすため、今こそ「SF思考」が必要だ。


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