2016年、「オートファジー(細胞の自食作用)」の仕組みを解明したことで、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士の研究室で助教授を務め、主に哺乳類におけるオートファジーの研究を担った吉森保・大阪大学名誉教授。現在も、大阪大学大学院医学系研究科寄附講座で研究を続ける。
大阪大学 名誉教授 大阪大学大学院医学系研究科 寄附講座 教授
専門は細胞生物学。医学博士。1981年大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科中退、ドイツ留学後、96年大隅良典博士が国立基礎生物学研究所にオートファジーのラボを立ち上げた時に助教授として参加。2019年大学発ベンチャー「AutoPhagyGO」を創業。著書に『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)、『生命を守るしくみ オートファジー 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』(講談社ブルーバックス)。(写真・生津勝隆、以下同)
そのかたわら、「健康寿命」を延ばしたり、アルツハイマー病を抑制したりすることができる可能性を持つオートファジーをサプリや医薬品として社会実装するべく、スタートアップ「AutoPhagyGO」(大阪府吹田市)を立ち上げた。
「老いに抗う」のは人類にとっての長年の夢であり、それを乗り越えた世界はSFを超越したと言っても過言ではない。吉森教授は「SFが盛り上がっている国ほど、イノベーションを起こしたり、より強い産業競争力を持ったりすることができる」という仮説を立てる。SFの魅力、そして一見、正反対にも見える科学との関係性について聞いた。
「決めつけ」は
可能性を狭める
以前、「学生たちが卒業する際に、もし1冊の本を渡すとしたら、どの本を選ぶか」というテーマで、ポッドキャストの番組に出ました。私が挙げたのは、アメリカを代表するSF作家、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。この作品は、1982年にハリソン・フォード主演で映画化され『ブレードランナー』として公開されました。
あらすじは次のようなものです。第三次世界大戦後、放射能によって多くの生物が絶滅の危機に瀕していました。人類は火星への移住を進め、過酷な環境下、労働力としてアンドロイド(人造人間)が使われていますが、ある時、新型アンドロイド8体が地球に逃亡します。サンフランシスコ警察で賞金稼ぎのリック・デッカードは、逃亡したアンドロイドを追跡します。ところが、あまりにも巧妙につくられているため、アンドロイド自身、自分がアンドロイドだと気づいていない者もいました。デッカードは次第に「人間とアンドロイドの違いは何か?」と揺れ動いてゆくというものです。
私がディックの作品に惹かれるのは「私たちが現実だと思っているそれは、本当に現実なのか?」という問いかけがあるからです。
アーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画にもなった『トータル・リコール』(90年)もそうです。この作品は、ある時、自分が本当の自分でないことを知らされ、本当の自分を取り戻すために火星に向かうという物語です。主人公クエイドが火星の空港で太った中年女性に変装し、顔が割れてシュワルツェネッガーの顔が現れるという印象的な場面を覚えている読者も少なくないはずです。
