2025年10月4日、戦後日本の政治史に新たな一頁が刻まれた。自民党結党以来、初の女性総裁が誕生し、「日本列島を、強く豊かに」という言葉が国民の心を揺らした。30年に及ぶ経済の低成長と産業の空洞化。技術では常に勝ちながらゲームに敗れ続けた日本にとって、いま求められているのは“真に戦略を描くことができるリーダー”である。
前回のコラムでは、GAFAMやエヌビディアなどのアメリカのビッグテックのエコシステムに飲み込まれる世界と、独自の戦略でアメリカに戦いを挑んでいる中国・インドの三つ巴のデジタル覇権について解説した(『デジタル覇権の地政学:2035年への戦略マップと日本の立ち位置』)。その激しい争いと並行して、もう一つの巨大な地政学的競争が世界を席巻している。それは、エネルギー安全保障と次世代モビリティを軸とした覇権争いである。ウクライナ戦争により露呈したエネルギー依存の脆弱性、中国EVの圧倒的台頭、そして脱炭素という名の下で進行する「鉱物地政学」の激化──これらは単なる産業トレンドではなく、国家戦略そのものを書き換える構造変化である。
米国は、シェール革命によって世界最大のエネルギー生産国に躍り出し、エネルギー外交の主導権を握った。中国はEVと再生エネルギーのサプライチェーンを垂直統合し、「製造業の新OPEC」として君臨している。インドとASEAN諸国は政策主導でEV産業の誘致合戦を繰り広げ、新たな成長エンジンとして位置づけている。
この三極化する世界で、日本はどこに立っているのであろうか。技術力では依然として世界トップクラスを維持しながらも、繰り広げられるサバイバルゲームの中においては、デジタルの世界同様、「仕掛け人にも買い手にもなれない傍観者」として存在感を失いつつあるのではないかという強烈な危機感がある。我々は、新たなリーダーの元に新たな戦略を描いて、挽回の一歩を踏み出すことができるのだろうか?
地殻変動の10年史─エネルギー覇権の構造変化
過去10年間のエネルギー・モビリティセクターは、3つの決定的な地政学的転換点によって特徴づけられる。
第一の転換点:米国シェール革命の完成(2015-2018)
2018年、米国は世界最大の原油・ガス生産国として確固たる地位を築いた。これは単なる生産量の増加ではなく、70年代石油危機以来続いた「エネルギー輸入国」から「エネルギー外交の主導者」への歴史的転換を意味した。欧州向けLNG輸出の急拡大により、米国はロシアのガス外交に対抗する地政学的カードを手に入れた訳である。シェール革命とは、エネルギー地政学と世界のサプライチェーンに不可逆的な変化をもたらした、21世紀最大級の地殻変動の一つと言うことができる。
第二の転換点:ウクライナ戦争とエネルギー安全保障の再定義(2022-2024)
ロシアのウクライナ侵攻は、エネルギーを純粋な経済財から地政学的武器へと変質させた。ロシアの孤立により、OPEC+はサウジアラビア主導の価格コントロール体制を強化。一方、サウジアラビアとUAEは「資源国から投資国家へ」の戦略的変容を加速させ、Saudi Aramcoの上場やアブダビの国営石油会社ADNOCの再編を通じて石油収益の多角化を推進した。
第三の転換点:「鉱物地政学」の顕在化(2020-2025)
EVと再生エネルギーの爆発的普及により、リチウム、コバルト、ニッケル、銅といった重要鉱物の戦略的価値が石油に匹敵するレベルまで急上昇した。中国は採掘から精製まで垂直統合されたサプライチェーンを構築し、リチウム精製で世界シェア65%、コバルト精製で80%を支配する「鉱物のOPEC」として君臨している。贛鋒リチウム、紫金鉱業、CATLといった中国企業による海外鉱山の積極的買収は、欧米諸国に深刻な供給リスク懸念を抱かせ、米国のインフレ抑制法(IRA)やEUの重要原材料法(Critical Raw Materials Act)による「フレンドショアリング」政策を誘発した。
中国EV帝国の構築とグローバル展開:政策主導の圧倒的スケール形成
上記に加えてモビリティの世界での特筆事項は、中国が圧倒的な国家意志とスケール経済をもってEV戦略を推し進めたことであろう。2015年の「新エネルギー車戦略」以降、累計1200億元の産業支援により、BYDは年間300万台の販売でTeslaを抜き世界最大のEVメーカーに成長。2023年時点で中国国内新車販売の35%超がEV化し、世界EV市場の約60%を占める圧倒的地位を確立した。
この成功の背景には、単なる補助金政策を超えた戦略的垂直統合がある。CATLとBYDは世界バッテリー市場の約50%を支配し、計400億ドル超の投資を実行。原材料調達においては、中国企業がリチウム採掘権の70%超、コバルト・ニッケル調達網を構築済みである。このような中国EVの海外展開は、ASEAN市場での日系企業の劣勢を鮮明にしている。タイでは、「30@30」政策(2030年までにEV生産30%達成)により30億ドル超の投資を誘致したが、その多くは中国系企業が占める。日系企業のタイ市場シェアは88%から70%に低下し、ハイブリッド戦略からEV投資への戦略転換を行うかどうかは大きな焦点となっている。
