創業1年でユニコーン(企業価値10億ドル以上)企業となった、サカナAIを率いる伊藤錬・最高執行責任者(COO)。伊藤氏にとってのSFとは何か? そしてAIがこれからの世界に与えるインパクトについて聞いた。
『スター・ウォーズ』ファンの私の元には、毎年5月4日には「May the force be with you」というメッセージが仲間たちから届きます。誕生日のメッセージよりも多いくらいです。『スター・ウォーズ』はなぜ人の心を打つのでしょうか。
大学時代、演劇論の授業で『メロドラマの逆襲』という本を読みました。仲間との出会い、導き手の老人、父との対決、光と闇。『スター・ウォーズ』は世界の神話の最大公約数を集め、人類共通の「共同体のメモリー」に訴えることで、世代や国境を超えて心を打つという主張です。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリも、人類は「虚構」を共有することで繁栄したと説きます。古くはメソポタミア、エジプト、ギリシア、ローマの神話、旧約聖書、新約聖書などがあります。近代には主権をもつ「国民国家(ネーション・ステート)」という一大フィクションができました。
他方、現代は、全人類を束ねるような大きな物語、「共同体の記憶」が語りにくい時代です。第二次世界大戦後、「資本主義対共産主義」という大きな物語にみんなが酔いしれた後、冷戦の終焉で、大きな物語がどんどん消滅していくわけです。さらに、インターネットやソーシャルメディアの発展以降、人々は一つの物語を共有するよりも、自分用に細かくカスタマイズされたコンテンツの世界に閉じこもっていきます。
AIも一見同じように見えるかもしれません。最近、ChatGPTを心理カウンセラーとして使うことも流行っています。有効な使い道の一つではありますが、「世界から孤立した個人」という流れをさらに加速させることになります。
