2025年12月5日(金)

未来を拓く「SF思考」

2025年10月20日

 科学の粋を集めた存在に見えるAIが、実は因果ではなく相関を扱うに過ぎない──。このことは神話や物語とも似ています。神話は必ずしも因果が明快でなくても人々を納得させ、共同体を支えてきました。その意味ではAIもまた、神話や物語と同列にあるのです。

 AIは相関から物語を導く時、そこには必ず社会的な共通理解や共感が反映されています。つまりAIが紡ぐ物語とは、単なるデータ処理ではなく、私たちが無意識に共有してきた価値観や記憶の写し鏡でもある。だからこそ重要なのは、AIをどう作るかという技術論にとどまらず、そこにどんな「共同体の物語」を映し込むのかという問いに向き合うことです。未来を形づくるのは、技術そのものではなく、私たちが選び取る物語なのです。

Science Fictionではなく
Speculative Fiction

 この点で思い出すのが、ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザの小説です。『忘却についての一般論』という一風変わった名前のこの小説は、いわゆる「Science Fiction」を超えて、「もしこうだったら」という仮想に基づいた「Speculative (思弁的)Fiction」です。

忘却についての一般論 ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ (著) 木下眞穂(訳) 白水社 2860円(税込)

 未来を描く「プロトタイピング」(試作)は、ジョージ・オーウェルの『1984』に代表されるように、SFの世界ではよく試みられています。一方で、「スペキュラティブ・フィクション」で展開される、フィクション(仮想)世界にこそ、新しい発見があるのではないかと、私は思います。

 『忘却についての一般論』では、アンゴラがポルトガルからの独立を果たそうとする混乱の中で、主人公の女性ルドは、外の世界に対する恐怖から、住んでいたマンションの部屋をレンガで封鎖し、外界から隔絶された生活を始めます。彼女はその後自給自足を工夫しながら自室の中だけで30年もの間世界からの「忘却」の中で暮らします。

 しかし、ある時、一人の少年が彼女の部屋に現れることで、ルドの隔絶が破られます。忘れること、忘れられることを求めてやまなかったルドの心にさざなみが立ち、忘れようとしたこと自体が新しい苦しみとして立ち上がってきます。

 忘れることは、個人や共同体を癒やし、苦痛から解放してくれますが、一方で真実を曖昧にし、都合のよい歴史に書き換えることにもつながります。AIもまた、膨大な記憶を保持しつつ、その一方で何を忘却するかを選ぶ存在です。

 そして、もしAIが個人に閉じた物語だけでなく、失われた記憶をつなぎ、共同体の物語を語ることができるなら、人間をもう一度社会に統合する媒介になり得る。そうした新しい「神話」をどう紡ぎ出せるかが、これからのAIに託された最大の課題なのだと思います。(談)

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Wedge 2025年11月号より
未来を拓く「SF思考」 停滞日本を解き放て
未来を拓く「SF思考」 停滞日本を解き放て

SFは、既存の価値観や常識を疑い、多様な未来像を描く「発想の引き出し」だ。かつて日本では、多くのSF作家が時代を席巻した。それはまさに、科学技術の進展や経済成長と密接に結びついていた。翻って、現代の日本には、停滞ムードが漂う中、様々な規制やルールが、屋上屋を架すかのようにますます積み重なっている。だが、それらを守るだけでは新たな未来は拓けない。硬直化した日本社会をほぐすため、今こそ「SF思考」が必要だ。


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