「京都中華思想」と
まちの中心から出ない人々
昔を知るからこその視点である。井上さんは洛中のまちについても独自の視点を持っている。『京都ぎらい』でも触れているが、井上さんは90年頃、『文明の生態史観』(中公文庫)の著書などで知られる西陣出身の洛中人で、当時、国立民族学博物館の顧問になっていた梅棹忠夫さんの執務室を訪れた時、嵯峨を田舎と見下され、言葉遣いもおかしかったと指摘されたことがある。梅棹さんの『京都の精神』(角川ソフィア文庫)を読むと、その「京都中華思想」ぶりに驚かされる。
「梅棹先生は、決して右翼ではなかった。少なくとも、日本では。でも、京都に関しては間違いなく右翼でしたね」と笑いながら言い、こう続ける。
「それでも、中京の新町御池で生まれた私の友人に言わせれば、梅棹先生は西陣生まれなので、『西陣ふぜいのくせに』となるわけです。東京でも、『山手と下町』の対比がありますが、下町の方は『我々の方が本当の江戸っ子』という意識がありますよね。京都の場合は、中心に歴史も経済も全部集まっています」
中心が動かないというのは京都の特徴でもある。事実、京都には芦屋の「六麓荘」のような都心から離れた超・高級住宅地がない。
「近代化していく過程では、都市がドーナツ化現象を起こして、まちの中を牛耳っていたような人は、郊外に飛び散ることが多いと思います。ところが、京都ではなぜかその現象は起こらず、古くからの住民が、中心部にしがみついている。その度合いが大阪なんかと比べるとずっと強い。
しかも、真夏の暑い時期でも 、鴨川で『納涼床』をやっている。全然、涼しくないのにね……。あれを見ていると、まちから出られない、出たくないというか、執着する人たちが多いということではないですかね。『祇園祭を執行しないかん』『大文字を見ないかん』。他にもなんかいろんな行事があって、『夏、出られへん』という。でも、それこそが京都の文化的な凝集力だと思います」
つまり、洛中の人たちは、コミュニティーを支える担い手ということだろう。しかし、時代も時代である。そうした役割を煩わしく感じる人もいるのではないか。
「もちろん、『そんなのは嫌だ』と言って出て行く人もいます。老舗のジュニアでも、継承を嫌がる人はいますよ。300年続いたしきたりやお得意さん、やかましい親戚とか、『もう、うんざりや』とね。日本国憲法で職業選択の自由が保障されている時代ですから。でも、老舗に生まれると、職業選択はそう簡単ではない。歌舞伎俳優みたいですね」
「一見さんお断り」
が存在する理由
花街もそうだが、京都では「一見さんお断り」という習慣がある。規模拡大、機会損失という点で、一般的なビジネスモデルには反している。だが、それこそが京都の伝統や価値観を守り、持続性を確保する知恵なのかもしれない。井上さんは言う。
「規模の拡大を追うと、クオリティーが追いつかず、単価が落ちるといった負の側面がある。また、歴史的に売り上げが急激に伸び、調子に乗って店を潰してしまったという類の話が京都では、400年以上の歴史の中で語り継がれています。
私は今、宇治に住んでいるのですが、海外で抹茶がすごい勢いで売れています。抹茶を扱っている知人は『やっぱり、こんな売り方したらあかんと思いながらも、ついつい手を出してしまう』と言ってましたね。親の代や祖父の代から、『急激に売り上げが伸びるような時こそ、気をつけなあかん!』と言われているにもかかわらずです。
言ってみれば、これが京都の『保守的な知恵』なんです。保守派の政治家の中には、『経済規模を拡大せよ』と言う方が多いと思うんですが、京都人の保守派は、ほんまに保守的。石橋を叩いて渡るというか、歴史から学んでいるというのか、代々そうした知恵をつないできている。
『調子こいた者は失敗する』というのを経験的に知っているんです。このまちの旦那衆たちは、間違いなく、そういうことを語り継いでいる。これが京都らしさではないですか」
