今回の捜査発表は、ウクライナ国家汚職対策局(NABU)とその姉妹機関である特別汚職対策検察庁(SAPO)の復権を示唆するものだ。7月、ゼレンスキー大統領は両機関の権限を奪う法律に署名したが、これに対し数千人のウクライナ国民が抗議デモを行い、ゼレンスキー大統領が方針を撤回した経緯がある。
NABUとSAPOがハルシチェンコ氏や、ゼレンスキー大統領と共にエンターテインメント会社を設立した実業家ミンディッチ氏を含む要人の自宅を家宅捜索したことで、この事件は世間の注目を集めた。捜査当局は15カ月かけてこの件を捜査し、約1000時間分の音声録音を収集し、70件の捜索を行った。
告発内容によると、ミンディッチ氏はキックバック計画を主導し、エネルゴアトムの請負業者に対し、契約金額の約10~15%に上る賄賂を要求していた。拒否した業者は、サプライヤーとしての地位を失ったり、サービスに対する支払いが停止されたりするリスクがあった。ミンディッチ氏にコメントを求めたが、連絡が取れなかった。
SAPO検察官は、ハルシチェンコ氏がミンディッチ氏のために「仲介」し、この計画で流用された資金を利用したと述べた。
ウクライナは1991年の独立以来、政府の汚職撲滅に苦慮しており、これが依然として欧州連合(EU)加盟への希望の障害となっている。
NABUは、2014年のウクライナ革命で、米国をはじめとする西側諸国の圧力を受け、モスクワの支援を受けていた当時のヤヌコビッチ大統領が追放された後、15年に設立された。
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最悪のタイミングで起きた汚職事件
ウクライナの国営原子力発電所を管理する公社「エネルゴアトム」を巡る汚職事件は、政府閣僚を含む関係者の地位の高さや金額の大きさ(最大1億ドル)、そして何よりも、ゼレンスキー大統領自身の関与が疑われていることから、ウクライナ史上最大級の事案となりつつある。
今回の汚職事件はウクライナにとって最悪のタイミングで起こった。ロシアによる連日の電力インフラ等への攻撃により、多くの国民が一日の半分くらいまで電気のない生活を余儀なくされている。戦場ではロシア軍の優勢がつづいており、兵士たちは悲惨な戦闘を繰り広げている。財政は逼迫し、来年度予算は5月までしか手当できていない。
一方で、欧州ではウクライナを支援するため、ロシア中央銀行の凍結資産の利用という難問に取り組んでいる。また米国も、10月22日にはロシア最大手石油会社2社に制裁を科し、トランプ政権第二期で初めて対露制裁の実施に踏み切ったところだ。
このような中で起こった今回の汚職事件は、ウクライナ軍の士気、国民の政府に対する信任を損ね、さらには国際社会のウクライナに対する信頼に、深刻なダメージを与えかねない。特に、国際社会による多額のウクライナ支援は、各国の国際政治上の判断もあるが、根本にはウクライナの倫理的正当性に対する信頼があり、これが傷ついてしまうことは今後の支援に大きく影響することになる。
