海中へと投下される、魚雷のような形をした「SG-1ファゾム」。水中の状況を監視し、センサーを用いて情報を収集する
ポール・アダムス外交担当編集委員
英スコットランド西岸沖の暗い海域で、翼の生えた魚雷のような細長い潜水グライダーが水面下に潜り込み、あっという間に闇の中に消えた。
侵入者を探し回る「SG-1ファゾム」だ。
「このグライダーは深海をパトロールする。付近にいるかもしれない敵に目を光らせ、聞き耳を立てる」。ファゾムのプログラム・マネージャー、ケイティ・レイン氏はそう話す。
イギリスの領海やその近くで秘密裏に活動するロシアの潜水艦のような敵は、スパイ船と協力しながら、イギリスの重要な海底ケーブルやパイプラインの位置を特定していると考えられている。
ドイツの防衛関連企業ヘルシングが製造し、現在イギリス海軍が試験運用しているファゾムは、センサーで常に情報を集めながら静かに移動する。
数カ月間はずっと停止せずに、パトロールを続けられる。数十年にわたる音響データで磨かれたソフトウエアを使い、他の数十機のグライダーと共に自律的に動く。
「このグライダーは従来より素早く、脅威を処理・識別する」とレイン氏は言う。
有効性が証明されれば、ファゾムは「アトランティック・バスティオン(大西洋のとりで)」の一部となる可能性が大きい。重要な海底インフラの保護を目的とした、ドローン、軍艦、偵察機のネットワークのことだ。
アトランティック・バスティオンの要素については、英国防省が8日に公開することになっている。同省はこのプログラムについて、「ロシアの潜水艦と水中活動の復活に対する直接的な対応」だと、声明で説明している。
英政府は、領海を脅かすロシアの船舶が、過去2年間で30%増加したとしている。対するロシアは、挑発的なのは英政府の方だと主張する。
英議会の国家安全保障戦略委員会は9月、海底ケーブルを保護する装備が自分たちの国にあるのか「確信できない」と指摘。攻撃によって、大事な金融・通信システムに「壊滅的な混乱」がもたらされる恐れがあると警告した。
先月には、イギリスの海底ケーブルやパイプラインの位置を確認していたとみられるロシアの調査船「ヤンタル」が、英領海付近で動きを追っていた英空軍機のパイロットらをレーザー照射した。
ジョン・ヒーリー英国防相は、これは「非常に危険」な行為だと指摘。ヤンタルがこれまでも、イギリスの排他的経済水域を何度も出入りしていると述べた。
先週ポーツマスを訪れたヒーリー氏は、脅威に対抗するため政府が新技術に投資することが不可欠だと強調した。
「いかに私たちが、ロシアより優位であり続けるかという話だ」。ヒーリー氏は、英海軍の新技術をテストする試験艦「XVパトリック・ブラケット」の艦上で、私にそう言った。
そこでは、いくつかの新技術が展示されていた。港を疾走する遠隔操作の高速ボートや、海軍初のパイロット不在型ヘリコプター「プロテウス」の模型などだ。
私たちの頭上のドックには、今年進水した全長12メートル、排水量19トンの無人潜水艦「エクスカリバー」の黒い船体があった。
「ロシアがどれほどの脅威なのか、私たちは知っている」と、ヒーリー氏は言った。「私たちはロシアの艦船の動きを追跡している。潜水艦の動きも追っている」。
「向こうがこちらの海底ケーブルやネットワーク、パイプラインの位置を記録していると、私たちは知っている。そして、それらを危険にさらす、新しい能力を常に開発中だというのも知っている」
ヒーリー国防相は4日には、ノルウェーのトーレ・O・サンドヴィク国防相と並んでの会見で、素早い対応が重要だと力説した。イギリスとノルウェーはこの日、防衛協定(ラナ・ハウス合意)に署名した。協定は、両国が協力してロシアの潜水艦を追い、水中インフラを保護すると定めたものだ。
ヒーリー氏は、「脅威は急速に展開している。だからこそ、イギリスによる迅速な対応が必要だ」と述べた。
イギリスの対応を指揮する英海軍制服組トップのグウィン・ジェンキンズ第一海軍卿にとって、これは相当な課題だ。
では、宣戦布告こそしてこないものの、巨額の投資を行い、ますます複雑な手段で攻撃的な行動を取り続ける相手に対し、イギリスはどう対抗していくのか。
「ウクライナでの戦争でコストがかかっているにもかかわらず、ロシアは潜水艦艦隊に何千億ドルも投資し続けている」と、ジェンキンズ将軍は言う。
「大西洋ではまだ優位に立っているが、私が望むほどのリードはない。圧力をかけられているし、ロシア勢の先を行こうと競っている状況なのは間違いない」
そこまで楽観できないという意見もある。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のピーター・ロバーツ教授は、英海軍の新戦略について、書類の上では問題なさそうに見えるが、「うわべだけ飾っているような感じだ」と言う。
現代紛争の研究を専門とするロバーツ教授は、第2次世界大戦後のイギリスは西大西洋の守護者としての責任を「軽視」してきたと主張。そして英海軍は今、脅威への対処に関して、「信頼できる存在だと見せる方法を見つけようとしている」と分析する。ただ、その脅威は、「過去20年間、着実に増大している(中略)にもかかわらず、英政府も英海軍もいまだにそれを無視している」と言う。
同教授はさらに、「英海軍は、この仕事を一貫して、あるいは信頼できる方法でこなす艦船を保有していない。そして、新たな艦船に代えて、もっと安価で、英海軍が担当する地理的範囲をカバーできる、ドローンによって対処しようとしている」との見方を表明。
「ロシアは今のところ、イギリスの領海の大部分で挑戦を受けておらず、この戦略は大きく遅れて現実に追いつこうとしている」
対するロシアは、挑発的でヒステリックでさえあるのは、イギリスの方だとしている。
ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官はモスクワでの記者会見で、ラナ・ハウス合意について、「ロシアの海軍活動に対する監視」の正当化に使われており、国際水域で「不要な紛争を引き起こす」危険性があると述べた。
しかしイギリス軍は、自分たちはその危険性を明確に認識しており、それに対応するため、産業界と緊密に連携していると説明している。
(英語記事 Royal Navy unveils new Atlantic strategy to counter Russian threat)
